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第40 徒花の毒 5
『謝るな。むしろ嬉しいぐらいだからな』
そんなレフラにギガイの狂おしいばかりの独占欲も少しは伝われば良いと思う。
『むしろ私はお前が見る者や、お前を見る者、全てが気に食わないぐらいだからな』
『そ、それは大変ですね……』
少しは気持ちが分かったか? と告げたギガイへ、レフラが返したのはわずかに引き攣りがちの苦笑だけだった。多少気に食わないとしても、そこまで深刻な言葉だとは思っていないのだろう。
(これは全然分かってないな……)
つねづね唯一無二の存在だと告げ続けているというのに。
いや、これまでのやり取りで頭では知識としては理解しているだろう。だけど、そこに感情としては全く分かっていないことが見て取れた。
(むしろ頭で分かっている分だけ、理解できていないことにさえ気付いてなさそうだ……)
そんなレフラに溜息を吐き出したいのをグッと堪える。
今回のことで初めて自分の嫉妬心にさえ気が付いたようなレフラなのだ。好意や温もりに乏しかった分だけ、この辺りの感情がまだまだ疎いようだった。
(まぁ良い。これからおいおい教えていこう)
どれだけその存在が特別で。自分だけの世界へ閉じ込めたい存在なのかということを。
それでもそれを望まないレフラのために、ギガイだけの世界へ閉じ込めることができないのだから。
(せめて、飲み込んだ感情の一端ぐらいは理解してくれ)
そう思ってしまうのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ギガイ様!」
扉を開いた直後にレフラが駆け寄ってくる。
(あぁ、やっぱりだいぶ心配していたようだな)
予定をわざわざ確認していたぐらいなのだ。きっとそわそわとしながら終わりを待っていたのだろう。
どことなくホッとしたような顔で近付いてくるレフラの姿に、つい今し方まで漂っていたギガイの冷たいオーラが離散した。
この数日見てきたように、抱き上げて貰おうとその両腕が伸ばされてくるのかもしれない。そんな姿を思い浮かべて、さっきまで冷笑さえも浮かばなかったギガイの口元がまたわずかに綻んだ。
だがそんなギガイの予想に反して、レフラの身体はギガイの前に辿り着く直前で不自然に止まった。
最後の1歩といった所で止まった姿。その様子にギガイは訝しげな表情を浮かべる。
「どうした?」
とうのレフラは、ギガイの質問にためらったような表情を浮かべていた。
伸ばされてくると思った両手もまた、胸の前で握り合わされている。意味なく揉みしだいているその両手の本当の行き先は、きっとそんな所ではなかったはずなのだ。それなのに一向にギガイへ向かって伸ばされてくるような様子がない。
何かを逡巡している様子と、伺うような表情と。そしてレフラの視線が向けられた首筋。
『どうした?』と聞きながらも、あまりにも分かりやすい態度にギガイはクツクツと笑ってしまった。
移り香が気になるはずなのに、おおよそ、ここ数日のやり取りを思い出して、不安が過ったという所だろう。
「ほら、確認しなくていいのか?」
そう言ってギガイがレフラを手招きする。
「分かっているなら、ギガイ様から来てくれても良いのに」
途端に少しムッとしたような顔をして、最後の1歩を近付いたレフラが「んっ!」と両手を伸ばしてきた。
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