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第93 艶やかな毒 6
「“あのギガイ様” ですか? それはどういう意味でしょうか?」
相変わらず、返ってきたレフラの声は穏やかだった。ナネッテは、ますます募っていくイライラを、フンッという笑いに変えた。
「あら、お分かりにならないのかしら? ギガイ様の周りに集う女性達が、どれだけ魅惑に溢れた女性達でいらっしゃるのか……本当にご存知ありませんの?」
いくら今はギガイの寵妃だとしても、所詮は跳び族出身の者なのだ。
跳び族の貧しさは、ナネッテもよく知っている。
ベールの下の顔立ちは、整っているとは言えるだろう。だけど、それだけなのだ。ギガイを取り巻く女性達のように肉感的な身体も持たず、魅力を補うような力もお金も持っていない。
確かに中性的な美しさは、どこか神秘的で、今までギガイの周りにいた者達とは、異なっている。その珍しさに、今はギガイも、目をかけているのだろう。だけど、それが長く続くとは、ナネッテには思えなかった。
(ギガイ様は、少なからず私を気に入ってらしたもの)
だって今回のことがあるまでは、ナネッテがギガイへ触れることを、ギガイは1度も咎めたことはなかった。閨への誘いに応じてくれたことは、なかったけれど。それでも、誰も触れることができないギガイへ、擦り寄ることを、ナネッテだけはずっと許されていた。
そう、ナネッテはギガイにとって、ずっと特別だったはずなのだ。
(それなのに、こんな跳び族に邪魔をされるなんて……)
考えれば考えるほど、ナネッテの胃に、ドロドロとした重苦しい物が溜まっていく。
その不快さをナネッテは、何度もレフラへぶつけていた。それもこれも、跳び族のくせに身の程を弁えない、田舎者が悪いのだ。ナネッテは、そんなレフラへ立場を教えてやっているだけだった。
なのに全く気にしていない、とでも言うように、レフラは微笑むだけなのだ。そして穏やかに話すレフラが小首を傾げる都度、ナネッテの前でベールの刺繍が揺れていた。きっと金糸と合わせて使われた銀糸は、ベールに隠された、この跳び族の寵妃の髪色なのだろう。
(ちょっと気に掛けて頂いたからっていい気になって! どこまでバカなのかしら)
飄々とした態度も、見せつけるような仕草も、ますますナネッテを苛立たせていく。
(ギガイ様には、私の方がよっぽど相応しいってことぐらい、私を見ていれば分かるはずでしょう?)
ナネッテは、その美しさと、白族長という立場から、ずっと羨まれ、妬まれる側なのだ。そんな自分と張り合えるはずがない。
ギガイだって、今は他へ目を移していても、必ず最後はそのことに気が付くはずなのだ。
誰の目から見ても明らかなはずなのに、レフラがどうして、そんなことも気が付かないのか。どうして素直に身を引こうとしないのか。ナネッテには、レフラの振る舞いは理解できなかった。むしろ、ナネッテのことをバカにしている、とさえ思えてくる。
(それに、ギガイ様以外に、私に相応しい方なんておりませんもの……)
だから、跳び族の者などお邪魔でしかないのだと、レフラは自分の立場を分かるべきだった。
「……失礼ながら、レフラ様にはギガイ様へ差し出せるモノが、何かございますの?」
ここまで説明するのは手間だった。だけど、分からないのなら、仕方ない。
(ちょっと特別扱いをされただけで、勘違いをしている、この子に教えてあげなきゃいけませんものね)
少しでも早く、以前のギガイに戻ってもらわなくては、困るのだ。ナネッテの描いた未来のためにも、少しでも早く。
(仕方ありませんわ)
ナネッテは、可哀想な者を見るような目でレフラを見つめた。
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