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第100 艶やかな毒 13
「大丈夫だ、痛くはない方法だ」
「……それでも、いやです……!」
「イヤなことでなければ、仕置きにならないからな」
「……『咎めない』って……仰ってたのに……」
レフラは恨みがましい目を向けて、ギガイへ納得がいかないと抗議をした。そんなレフラを宥めるように、ギガイがレフラの眦を指で摩った。
「仕置きとは言っても、お前が大人しくさえしてれば、大して影響はない程度だ」
「じゃあ、ちゃんと大人しくしてますから!」
「大人しくしている、と約束できるなら、仕置きを受けていても、問題はないはずだ」
片眉を上げて、そうだろう? と確認してくるギガイに、レフラは言葉に詰まって「うぅぅ~~」と、悔しそうに唸り声を上げた。
何を言った所で、ギガイはレフラの言葉の揚げ足を取ってくる。日頃、ギガイは寡黙な方なのに、レフラが口で勝てたことは、ろくにない。
(たまに勝てたとしても、その時はギガイ様が、負けて下さってるだけですものね)
そんなギガイを説得することは、結局は無理ということなのだろう。
「宮ならば、まだ良い。だが他の場所ではさすがに、もう少し控えて貰わなければ、私の神経が保たんからな」
項垂れたレフラの頭を、ベール越しにギガイが撫でてくる。その手の感触や、言葉から、ギガイが怒って言っているわけじゃないことは伝わってくる。
「お前自身も知っているはずだ。私がお前を “唯一” として、どれだけ “愛しんでいる” か」
聞き覚えがある単語に、レフラはピクッと身体を震わせた。さっきまでとは違う汗が、一気に吹き出して、背中を薄らと濡らしていた。
「……ギガイ様……まさか、聞いていたんですか……?」
レフラは信じられない気持ち、というよりも、信じたくない気持ちで、ギガイに恐る恐る、尋ねてみた。
「当たり前だろう。お前は私の寵妃だぞ」
口角を上げて答えるギガイからは、どことなく楽しげな雰囲気が漂っている。
「……どの辺りから、ご存知なんですか……?」
「なんだ、私に知られたらマズいことでもあるのか?」
「いいえ!! そう言うことではないのですが……」
クツクツと笑うギガイは、やっぱり機嫌がだいぶ良い。
「すぐに報告が入ると、言っただろう」
「で、では。始めから、聞いていたんですか……!?」
「そうだな。ただ、あまりに珍しい姿だから黙って見ていたが、お前にも、寵妃の自覚やら、愛されている自信が出てきたようで、良いことだ」
「……ッ!! わ、 忘れて下さい! あんな姿!!」
なぜギガイの機嫌が良さそうだったのか、ここまできて、ようやく理由が分かったレフラだった。
もしも、ここに穴があったら……。今すぐにでも入って、蓋を閉じて、ずっと籠もっていたかった。
「なぜだ? 事実なのだから、あんな風に、いつも胸を張っていろ」
それでも|揶揄《からか》いめいた言葉を告げるギガイに、一瞬だけ喜びとも安堵感ともつかない微笑が垣間見えたのだ。
珍しがったり、面白がっているだけだと、思っていた。でもどうやら、それだけでは無いようだった。思いも寄らなかったギガイの姿に、レフラは毒機を抜かれて黙り込んだ。
レフラ自身は思い出すと、恥ずかしすぎて身の置き所がなくなるような振る舞いだったのだ。
(なのに、どうして私が、あぁやって振る舞うと、ギガイ様が安心されるんでしょうか……)
逆に何か心配や不安があった、ということなのかもしれない。考え至った内容は、あながち間違ってはいない気がしてくる。
そこまできて、ようやく過去のやり取りを思い出し、レフラは(あぁ、そうか……)と腑に落ちた。
(私がずっと隷属だと思っていたから……。ギガイ様が唯一だとずっと繰り返して下さっていても、信じることができなかったから)
あの日々を経たからこそ、ギガイが抱いた感情なのだと気が付いて、レフラはベールの下で微笑んだ。
始まりに色々躓いた自分達なのだ。きっとあの日々の記憶は、これからも色々な所にその名残を感じさせるのかもしれない。
でも、こうやって少しずつ変わっていると感じる度に嬉しくなるのは、きっとギガイも同じなのだろう。
「……恥ずかしいですが、頑張ってみます……」
「あぁ、そうしてくれ」
よほど驚いたのか、一瞬だけ瞠目したギガイが、目を細めて柔らかく微笑んだ。
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