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第101 共鳴の鈴 1

パタンと閉じられた扉に、レフラの心臓がバクッと跳ねた。 元から逃げる気もなければ、逃げられるはずもない、と分かっている。それでも、奥の間のギガイの私室の扉は、ついさっきまであったレフラの平穏な世界との境界なのだ。 これから、この部屋の中で始まることを思えば、扉が閉まって、あちら側と遮断されてしまったことが不安だった。 「ギガイ様……」 本当にやるのか、と最後の望みを託して、レフラはギガイの名前を呼んだ。図らずも、縋るような声になったのは、まだ心構えも出来ていない状態だったからだろう。 市場からここへ戻ってくるまでの間、ギガイには怒っている様子は全くなかった。あの後からは、平和に過ぎていく時間に、“仕置き” だと言われていたことさえ、忘れかけていたぐらいだった。 それに、祭で多忙な最中だということや、内容を考えても、きっと夜に宮へ戻ってからのことだと、思っていたことも原因だった。 「本当に、今からするんですか……?」 心の準備もなく、トサッと降ろされた寝台の上。大きなマットに、レフラはペタッと座り込んだまま、ギガイの方を窺い見る。そんなレフラへ向けられた、ギガイの顔は、柔らかな眼差しながらも、交渉の余地がない事を物語っていた。 「諦めろ」 レフラの頬をひと撫でしたギガイの指先が、そのまま顎先にかかって、顔を固定する。間を置かずに顔を近付けられ、ギガイの舌先が軽くレフラの唇をなぞった。 「舌を出せ」 たったそれだけの言葉と動きで、部屋の中の空気が淫靡に変わった。ギガイの泰然とした様子からは、レフラが従うことを、微塵も疑っていないことが伝わってくる。 空間丸ごとが、ギガイの支配下となったような、錯覚さえも感じてしまう。そんな部屋の中に響く、柔らかくも、逆らえないギガイの声。レフラは命じられるままに、震える舌を差し出した。 ピチャッ。 口外で舌を弄られ、濡れた音が2人の間から聞こえてくる。それと同時に、ギガイがレフラの耳殻を何度も指先でなぞっては、揉みしだいていた。 「ふ…ぁ…っぁ……」 指先だけで弄られているとはいえ、弱い場所へ与えられる刺激なのだ。愛咬と舌裏へ愛撫を繰り返されて、快感が呆気なく積もっていく身体には、羞恥心と共に熱を煽るには十分だった。 「ふぅっ……ぁぅ、ぅう……」 レフラの呼吸は、早々に乱れ出していき、溢れた唾液がポタッポタッとシーツに垂れていく。 一頻り、その声と舌の感触を楽しんだのだろう。差し出し続けていた舌の根元に、痺れを感じるぐらいになった頃、ギガイがようやくレフラを解放した。 「必要な物を取ってくる。お前は服の下を脱いで、そこに凭れて脚を開いていろ」 垂れた唾液で濡れたレフラの口元を、ギガイが掌で拭い取る。そのままヘッドボード前に積み重ねられているクッションを示す指を、レフラはとっさに捕まえた。 「やっ、いやです、やだぁッ!」 嫁ぐまでは自慰さえも行わずに、貞操を守り続けていたレフラにとっては、羞恥は苦痛に近かった。 ギガイと行為の最中に晒すことさえ、いつも恥ずかしすぎて、ツラいのだ。それでも好きな相手に抱かれる行為や温もりを支えに、レフラはいつも必死に応じていた。 そんなレフラを知っていて、今は寝台の上で1人で晒していろ、とギガイは素気なく命じている。 いつ戻るかも分からないギガイを待ちながら、本来なら隠すべき場所を晒して居る姿。それは想像だけでも、恥ずかしすぎて、支えてくれるモノが何もなくて、レフラにはあまりにツラかった。 「いやです……」 「言っただろう『イヤなことでなければ、仕置きにならない』と」 「でも、でも……」 「痛いことではないだろう? それにすぐに戻ってくる。少しだけ頑張って、耐えていろ」 そう言ったギガイが、レフラの身体を抱き締めた。 ギガイ自身が与えてくる仕置きが、レフラの怯えを生み出しているはずだった。それなのに、包み込む腕や身体が温もりが、レフラの怯えを癒していく。 「ちゃんと……早く、戻って、きて下さいね……」 見られる羞恥も居たたまれない。それでもギガイの存在がそばに居ないのはイヤだった。 「あぁ、すぐに戻ってくる」 ギガイの柔らかく、甘い答えを聞きながら、レフラはコクリと頷いた。

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