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第106 窮兎、狼を噛む 2
「……ギガイ様の嘘吐き……咎めないって言ったのに……」
(やっぱり、その事か)
ボソッと聞こえたレフラの言葉に、ギガイが苦笑した。
「まぁ、そう言うな。祭の間だけだ。宮でなら、良いが、外で今日のような事はさすがにな」
「えっ!? 待って下さい、明日も明後日もなんですか!?」
「……」
ギガイとしては、そうしたい所ではあった。でも今日の様子を見る限り、難しいだろう。さすがに、あんなにガチガチな姿は、可哀相にもなってくる。
だが、ギガイの無言を肯定だと受け取ったのか、レフラがギガイの膝の上からおもむろに立ち上がった。
「おい、何をしている?」
そのまま枕と掛布を両腕に抱えて、レフラが無言で寝台を降りてしまう。慌ててその後をギガイが追いかけ、レフラの腕を掴んで引き留めた。
「レフラ、どこに行く気だ?」
何も言わないレフラへ、少し厳しめな声を出せば、腕の中の身体がビクッと跳ねた。
意図した声音ではあったけど、その姿にさすがにギガイも気まずくなる。俯いたままのレフラの頭を「すまん」と、ギガイが優しく撫でた。
「レフラ、ちゃんと話せ」
促すギガイの言葉に反して、レフラは相変わらず黙ったままだった。その様子にギガイが溜息を1つ吐いて、レフラの身体を引き寄せる。だがそんなギガイを、レフラが腕を突っ張って押し退けようとする。
「……こうやって、離れようとする事はやめろ」
これまでの日々で、ギガイがこういった行動を好まない事は、レフラだって分かっているはずなのだ。急降下していく機嫌に合わせて、制止する言葉は、ギガイ自身が思った以上に冷えていた。
その言葉にレフラの身体が、またビクッと跳ね上がる。
(怯えさせたい訳では、無いんだがな……)
苦々しい気持ちで、レフラの背中に手を添えた。促すように、わずかに力を込める。
「ほら、寝台に戻るぞ」
「……イヤです……向こうで1人で寝ます……」
「レフラ!」
いい加減にしろ、と声を張り上げたギガイに、レフラが顔を強張らせながらも、キッとギガイの顔を睨み付けてきた。
「……だって、だってギガイ様は咎めないって、ワガママを言っても良いって言いました!」
「だから、それはーーー」
「今日の事は私も悪かったって思うから、ちゃんと仕置きだって受けたのに、それなのに、それなのに、ずっとだなんて酷いです!!」
クシャッと顔が歪む様子に、ギガイが言葉を飲み込んだ。
「わ、私に、ワガママを、言っていい、って……言ってくださ、ったのは……ギガイ、さま、だけだったのに……」
ボロボロと涙を零し出すレフラを前に、ギガイは冷水を浴びせられたようになる。
湧き上がっていた苛立ちなど、一瞬で消え去って、残ったのは、経験したことがないような、焦りだけだった。
「レフラ、待て、泣くな……」
「うれ、しかったのに……ほんとう、に、うれしかった、のに、ギガイさま、のうそつきーーーッ!!」
子どものように泣き始めたレフラの前で、ギガイがオロオロしてしまう。
「すまん! 悪かった! だから、泣くな、私が悪かったから、泣くな……」
「だ、って、いまだって、ギガイさ、ま、おこって、たぁ~~~!」
泣きグズりながら訴える中で「ギガイ様が悪いのに!」そう言われてしまえば、ぐぅの音も出なくなる。
「うぅぅぅ~~」
俯いて泣いているレフラを覗き込む為に、ギガイがレフラの前に跪いた。俯いたままのレフラの目からは、ボタボタと相変わらず大粒の涙が落ちていく。
思いがけず泣かせてしまった状況に、どうすれば泣き止ませきれるのか分からないまま、ギガイは途方にくれていた。
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