310 / 382
第107 窮兎、狼を噛む 3
「うっ、ふぅっ……っうぅっ、ふ……っ」
レフラは目の前のギガイを拒絶するように、両腕でギュッと枕を抱え込んでいる。
「……悪かった、レフラ……取りあえず、抱き上げさせてくれないか?」
それでも思い切り泣いて、言いたいことを言った気持ちは、落ち着き始めたのかもしれない。
「ふっ……っ……っふぅっ……っ」
少しずつ、少しずつ。
治まり始めたレフラの涙に合わせて、ギガイが腕を伸ばしていく。
指先がレフラの腕に触れてもイヤがって身動ぐ様子はない。拒絶されなかった手で、ようやく触れたレフラの腕を慎重に引けば、レフラの身体がギガイへ|傾《かし》いだ。
ギガイがホッと息を吐いて、レフラの身体を持ち上げる。
腕から離れた枕や掛布が、2人の間にバサッと落ちた。そのまま伸びてきた腕が、ギュッとギガイの首に回された。
ひっく……ひっく、ひっく……。
いまだにしゃくり上げるレフラの背中を、ギガイが何度も撫でて宥めていく。
「悪かった……確かに、そう言ったのは私だからな……反故にするようなマネをして、すまなかった……」
「……ギガイさま、の、ばかぁぁ……」
「そうだな」
「かなし、かっ、たん、ですから……」
「悪かった」
ついさっきレフラが泣き叫んでいた言葉達を思い出し、また胸の辺りが痛くなる。
「今日は私が悪かった、もう二度とこんな風に咎めたりはしない」
肩口に伏せていた顔を上げさせて、涙で濡れた頬を掌で拭う。赤く腫れた目元にも、謝罪の気持ちを込めながら軽くキスを落としていく。
「ただ、頼む。無謀な事をするのは、私が一緒に居る時だけと約束をしてくれ」
「今日、みたいな事も?」
「あぁ、私がそばに居る時なら、好きに振る舞うといい」
「……でも、また後で、叱られませんか?」
「大丈夫だ……今日の件は、先にそう伝えていなかった、私の落ち度だ……それなのにお前を咎めて、すまなかった」
レフラから離れる事態になる可能性も、あぁやって、レフラがギガイの想定外のことをする、とも正直思っていなかったからだった。
だけどそれはギガイのミスであって、本当ならレフラの問題ではなかったのだ。
「……じゃあ、ギガイ様もお仕置きを受けて下さい」
だけど、次に聞こえてきたレフラのその言葉には、ギガイも一瞬理解が追いつかなかった。
「……私が、仕置きを受けるのか?」
聞き間違いや、勘違いという可能性だってあるだろう。
念のために、ギガイがレフラへもう一度確認する。
幼少期の鍛練の頃でさえ、出来なければ待っていたのは、“仕置き” なんて可愛いモノではなく、死がチラつくような環境だった。そんなギガイは、幼少期も黒族長と成った後も、仕置きを受けたような経験もなければ、想定したことさえ1度もなかった。
「だって、私だけが、なんてインチキです!」
「……」
まだ涙で潤んだままの目で、そう言って力説するレフラに、ギガイが思わず絶句する。やっぱりレフラは、ギガイの予想を突き抜ける御饌だった。
ともだちにシェアしよう!