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第107 窮兎、狼を噛む 3

「うっ、ふぅっ……っうぅっ、ふ……っ」 レフラは目の前のギガイを拒絶するように、両腕でギュッと枕を抱え込んでいる。 「……悪かった、レフラ……取りあえず、抱き上げさせてくれないか?」 それでも思い切り泣いて、言いたいことを言った気持ちは、落ち着き始めたのかもしれない。 「ふっ……っ……っふぅっ……っ」 少しずつ、少しずつ。 治まり始めたレフラの涙に合わせて、ギガイが腕を伸ばしていく。 指先がレフラの腕に触れてもイヤがって身動ぐ様子はない。拒絶されなかった手で、ようやく触れたレフラの腕を慎重に引けば、レフラの身体がギガイへ|傾《かし》いだ。 ギガイがホッと息を吐いて、レフラの身体を持ち上げる。 腕から離れた枕や掛布が、2人の間にバサッと落ちた。そのまま伸びてきた腕が、ギュッとギガイの首に回された。 ひっく……ひっく、ひっく……。 いまだにしゃくり上げるレフラの背中を、ギガイが何度も撫でて宥めていく。 「悪かった……確かに、そう言ったのは私だからな……反故にするようなマネをして、すまなかった……」 「……ギガイさま、の、ばかぁぁ……」 「そうだな」 「かなし、かっ、たん、ですから……」 「悪かった」 ついさっきレフラが泣き叫んでいた言葉達を思い出し、また胸の辺りが痛くなる。 「今日は私が悪かった、もう二度とこんな風に咎めたりはしない」 肩口に伏せていた顔を上げさせて、涙で濡れた頬を掌で拭う。赤く腫れた目元にも、謝罪の気持ちを込めながら軽くキスを落としていく。 「ただ、頼む。無謀な事をするのは、私が一緒に居る時だけと約束をしてくれ」 「今日、みたいな事も?」 「あぁ、私がそばに居る時なら、好きに振る舞うといい」 「……でも、また後で、叱られませんか?」 「大丈夫だ……今日の件は、先にそう伝えていなかった、私の落ち度だ……それなのにお前を咎めて、すまなかった」 レフラから離れる事態になる可能性も、あぁやって、レフラがギガイの想定外のことをする、とも正直思っていなかったからだった。 だけどそれはギガイのミスであって、本当ならレフラの問題ではなかったのだ。 「……じゃあ、ギガイ様もお仕置きを受けて下さい」 だけど、次に聞こえてきたレフラのその言葉には、ギガイも一瞬理解が追いつかなかった。 「……私が、仕置きを受けるのか?」 聞き間違いや、勘違いという可能性だってあるだろう。 念のために、ギガイがレフラへもう一度確認する。 幼少期の鍛練の頃でさえ、出来なければ待っていたのは、“仕置き” なんて可愛いモノではなく、死がチラつくような環境だった。そんなギガイは、幼少期も黒族長と成った後も、仕置きを受けたような経験もなければ、想定したことさえ1度もなかった。 「だって、私だけが、なんてインチキです!」 「……」 まだ涙で潤んだままの目で、そう言って力説するレフラに、ギガイが思わず絶句する。やっぱりレフラは、ギガイの予想を突き抜ける御饌だった。

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