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第135 陰る幸せ 7
「今回の跳び族からの謁見に関して、心当たりになりそうな情報は上がっているか?」
時間があまりないため、単刀直入に用件を切り出した。そんなギガイの目は、報告するアドフィルとリュクトワスの表情を観察していた。
「いえ、特にはございません。他部族との摩擦の報告も、内乱の兆しも特にはありませんでした」
リュクトワスにも全く心当たりがないのだろう。わずかに寄った眉根から、戸惑った様子が汲み取れた。
「物流に関しても、特に武器や貯蔵品などの極端な増加はありません。雑穀等と鎮痛効果のあるムニフェルムの花の取引が例年より多い気はしますが、天候に左右される程度の増加です」
アドフィルの報告にも、特に不審な点はない。そしてそれを報告する2人の様子にも、気になるような様子はなかった。
「他部族に関しても、特に紛争に備えたような動きはございません。1年程前に発生した緋族の内乱は、ようやく沈静化してきております。白族の族長交代についても、円滑に完了したようではございます。その他は、各部族共、細かい小競り合いはありますが、内乱や紛争に至る様子はありません」
リュクトワスによって、簡潔にまとめられた部族間の直近の動向にも、特に目立つような動きはなかった。その事に逆に小さなトゲのような違和感を感じて、ギガイが顎に手をやった。
(なんだ、何にひっかかる……?)
目をつむって、今の報告を振り返る。
(……強いて言うならば、白族の件か……?)
一族と族長の命を天秤に掛けたのはギガイ自身だった。
黒族から睨まれて、そのまま族長を続投させるとは思わない。だから、白族長が交代となった事には、何も感じてはいなかった。
(だが、プライドが高い女だったはずだ)
そんなナネッテが、すんなり交代に応じたのか。
そう考えると違和感があることは否めなかった。
だからと言って、不審だと言える程のことでもないのだ。
(こんな事態でもなければ、特に気にならない程度の事だ)
疑わしいと思い始めれば、疑える事なんて、あちらこちらに落ちていた。
「なら、良い。あとは会いに来た当人へ確認しよう」
これ以上、時間を消費しても意味はないのだから。
「かしこまりました」
2人が揃って返事を返した。
「それにしても、代替わりか……」
それなら今日の謁見は、レフラの異母兄弟にあたる、イシュカとかいう名の男だったはずだ。
報告書に記載されていた内容を思い出し、ギガイはわずかに眉根を寄せた。
「あまりに急ですね」
「あぁ。レフラも言っていたが、去年の謁見時の様子から考えても、交代が必要とは思えん」
「やはり内乱でしょうか?」
「病の可能性もあるが、否定はできんな。……ただそうなれば、レフラが知れば、思い悩むはずだ」
黒族にとっては正直な所、誰が族長であろうと約定さえ守られるならば、大差はなかった。内政に対しては、もともと不干渉だ。約定も、他部族の干渉から、庇護をするだけの内容だった。
だが、レフラはそうはいかないはずなのだ。
一族を護るために、自分の願いも、在り方さえも、全て捧げて生きてきたのだから。
「……もし、途中でレフラを退席させた場合には、寝室で大人しくさせておけ」
この後の会談が、どう転ぶのかは分からない。
だけど、そばに居させて欲しいと懇願するレフラを、強制的にでも退出させる状況があるなら。その時には、きっと何かが起きている。
レフラを介入させたくない、とギガイが判断する何かが。
そんな中で、万が一にでも以前のようなレフラの逃亡が、発生するのは困るのだ。
レフラが一族を守る為にとった行動だとしても、レフラ以上に大切なものなど何もないギガイにとっては、きっと冷静さを欠いてしまう。
閉じ込められて、儘ならない状況となれば、きっとレフラは泣くだろう。その時は、後で怒りも受け止める。慰めもする。レフラが臨むのなら、前のように街を自由に歩かせて、願いを聞いて機嫌も取ろう。
(だから、大人しく私に守らせてくれ)
なぜかイヤな予感が拭えない。
願うように、そう思わずには居られなかった。
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