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第136 約定の破棄 1

扉を隠すための垂れ幕の内。 レフラの立つその場所からは、ギガイの数段下で膝を付く者達の姿は見えなかった。 「頭を、上げろ」 ギガイの声に合わせて、複数人の動く気配を感じながらも、正確な人数までは分からない。 (イシュカ、とシャガトでしょうか……?) 跳び族に居た頃、常にイシュカの側に居た、人の良さそうな男を思い出す。だけど次に聞こえた。 「ほう、だいぶ顔ぶれが変わったようだな」 ギガイのその言葉に、レフラはえっ? と困惑した。 (シャガトじゃない……?) ギガイが族長と成る前から、リュクトワスを側近としていたように、通常側近は早々変わる事ではない。 族長という数多の責務や危険に晒される立場になる前に、信頼を置く者達で周囲を固めておく。それが一般的なはずなのだ。 レフラは募る不安感に負けて、垂れ幕の端をわずかに捲った。 (……!! この男達は誰ですか!?) イシュカが伴っていた男は5名だった。明らかにシャガトとは異なる風貌の男達は、1人もレフラの記憶に引っかかる者は居なかった。 (しっかり見たら、1人ぐらいは思い出せるでしょうか) グイッ。 そう思ったところで、両肩を引かれて、垂れ幕も元に戻される。 見上げれば、厳しい顔をしたラクーシュが、後ろからレフラの身体を引き戻して、リランが垂れ幕の端を直していた。 3人がレフラの身体に触れる事は、滅多にない。そして、こういった表情を向けられた覚えなんかは、全くなかった。とっさに見上げたエルフィルの表情も、厳しいとまではいかなくても、いつもの笑みが消えた真剣な表情になっている。 もう1度視線を合わせたラクーシュが、レフラへ首を振ってくる。何も言葉は発していなくても、その動きも表情もハッキリと、レフラへ『ダメです』と告げていた。レフラは視線を伏せて、コクッと小さく頷いた。 レフラに連れ添っていた3人が、そのままレフラをしっかり囲ってしまう。これ以上、レフラが下手に動けないように、警戒をされてしまったのだろう。 ここに居る事を、ギガイに特別に許して貰ったのだから仕方がない。レフラは膨れ上がる一方の不安に何も出来ないまま、今はただ耐えるしかない状態だった。 その間にも、謁見は順調に進んでいく。口上を述べ終えて、いよいよ本題に入る様子に、レフラはギュッと力を込めた。 だって、シャガトが居ないのだ。 予定されていた謁見だったなら、可能性は低くても、体調不良で参加できなかったとも考えられた。でも、今日はイシュカの方から、願い出た謁見のはずなのだ。 それなのに、連れ立つ者の中にシャガトが居ない。 (袂を分かつような事が、あったということですか) 豪胆で、人の良さそうなあの男と。 (イシュカによる、内乱……) 不自然な代替わりに、切り捨てられたような、これまでの仲間。 レフラには、それが答えにしか思えなかった。 (ギガイ様に、助けて欲しいとお願いしたら、聞いてくださるでしょうか……?) だけど、ギガイからは『お前はもう私へ嫁いだ身だ』と言われている。 それに、跳び族のことは、跳び族で生きる者達が決めることだと分かっている。 例え今の状況が、イシュカによる内乱の結果だったとしても、一族の者達がそれを受け入れているとしたら。 レフラがどれだけ心を痛めようと、何も口出す権利はなかった。

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