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第137 約定の破棄 2

「それで、だいぶ急な族長の交代だな。何があった?」 「先代である父が病で倒れました。これ以上、族長として続ける事が難しい状態だったため、交代へと至りました」 「なるほど。それ程、レグシスの病は重いのか?」 「はい、もう身体を起こすことも、困難な状態でございます」 黒族へ嫁ぐ前に会った父は、盛りの頃は過ぎているとは言っても、気力も体力も衰えてはいなかった。 そんな父がわずか1年程度の時間で、病に負けて、そこまで悪化をするだろうか。イシュカによる内乱があった事は間違いないはずなのだ。レフラにはイシュカが言った、病という話しもどうしても信じられなかった。 (監禁でもしてるんでしょうか……それとも毒を用いたんでしょうか? でも死んだのではなく、床に伏せている、と言っていました。長期に床へ伏せるような毒なんて、あるんでしょうか?) レフラは毒の知識は殆ど持っていない。 あらゆる知識を詰め込んだギガイなら、もしかしたら何か分かるのかもしれない。でも、ギガイにも分からないような、新たな毒だったとしたら。 そこまで思った瞬間だった。 (ムニフェルムの花……) フッ、と一族で秘密とされる、毒の花を思い出す。それは祭りの中で、ギガイへ告げた花だった。 (あの花なら、少しずつ中毒性を増していって、最後は廃人として殺せます……) レフラのギュッと握り締めた手が、ジンワリと汗をかいていく。 (でも、イシュカがそれを使うなら、イシュカだって無事ではいられないはずなんです) こうやって、謁見できているのなら、あの毒を使ったわけではないのだろうか。 (それとも、別な者に指示をしたって事でしょうか。だから、シャガトは居ないんでしょうか) そう考えれば辻褄が合うようだったが、シャガトがそうやって毒を用いる事を認めるようには思えなかった。 「そうか、レフラの父でもあるからな。あれもだいぶ気に病むだろう。戻る際にいくつか薬を持って行け」 レフラの焦りに反して、ギガイの鷹揚な声が聞こえてくる。 「お心遣い、ありがとうございます。ただ本日参りましたのは、そのレフラと御饌の約定の事でございます」 「そうだったな。それで、具体的にどのような用件だ?」 「恐れながら、御饌の約定を先代のレグシスの代を持って、解消させて頂きたいのです」 聞こえた言葉に、レフラの心臓がドクドクと跳ねていく。 (まさか、そんな……) 色々考えごとをしていたから、きっと聞き間違えてしまったのだ。 そう思っていたかったのに。 「……破棄する、という事か?」 聞き返したギガイの明瞭で冷えた声に、聞き間違いでなかったとレフラは理解した。 たしかにイシュカはずっと御饌の存在や黒族との約定を嫌っていた。跳び族の在り方を卑しめると、何度も主張する姿も見てきてはいる。それでも、御饌の存在が、この約定が、一族を護るものだというのが、一族の考えだったはずなのだ。 (それを今さら、要らないと言うのなら、私は何のために……) 跳び族の長子として、一族を護る責務として。 自分の願いや在り方さえも、捨ててきたのだ。 (それさえも意味がなかった、とイシュカは、一族の者達は言うんですか) グラッと揺らぎそうになった所で、誰かが身体を支えてくれた。 顔を上げれば、背中を向けていたはずのリランが、心配そうな顔でレフラの方を見つめていた。 そっと背中に掌が当てられて、左右を見れば、同じような表情でラクーシュやエルフィルも見つめている。 そんな3人のハッキリと心配していると分かる顔に、レフラの表情がクシャッと歪んだ。 泣いたりはしなかった。でも、いつもの気丈さも保てない。 そんなレフラに分かっている、というように、震える手をリランがギュッと握り締めて、他の2人も重ねてくる。 「とんでもございません。黒族との条約を、一方的に破棄など跳び族にはできません。ですので、ギガイ様にも快くお認め頂きたいのです」 耳鳴りの音に混じって、ワンワンとイシュカの声が響いていた。 「快く、とはふざけた要求だな」 「誰よりも聡明なギガイ様です。英断頂けると信じております」 撤回する気配のないイシュカに、本気なのかと絶望して、呆然と足下を見つめていた時だった。 不意に顎に指をかけられ、俯いた顔を上げられる。乱暴ではないが、強引な力で真っ直ぐに向いた先には、いつの間にこんな所まで来ていたのか、ギガイの側に居たはずのリュクトワスが立っていた。 「申し訳ございません」 何に対する謝罪なのだろう。殆ど吐息に近い音で聞こえた言葉だった。だけどその直後に、首の後ろにトンッと軽い衝撃を感じて、謝った理由もその衝撃が何かも分からないまま、レフラの意識はそこで途絶えた。

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