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第143 かわされた言葉 4
「レフラの側に付いて居るよう、命じたはずのお前等が私に何の用だ?」
書類から一切目を離さないまま、ギガイの冷淡な声が返ってくる。
「ご多忙の中、誠に申し訳ございません。レフラ様とのお時間をお願いしたく、お伺いしました」
「レフラとの時間については、私が折を見て考える。貴様等は余計な事を考えずに、あれの側に付いていろ」
「ギガイ様の多大な執務の中に、お時間を急遽割いて頂く難しさは存じております。ですが、何のご説明もないまま、お一人で過ごすとなればーーーー」
「ラクーシュ。私が決めた事に、異を唱えるな。今すぐ宮に戻れ」
「ギガイ様、お願い致します! せめて御饌の約定の件だけでも、お話しをされたいと望んでいらっしゃいます。お時間をーーーー」
「いい加減にしろ。いくらお前等だとしても、これ以上は看過できんぞ。今すぐ下がれ」
本来ならば、黒族長であるギガイの言葉に、質問を返すだけでも問題なのだ。それを何度も反論するラクーシュの姿は、黒族の武官としてあり得ないような姿だった。
ここまで見逃されていたことが、だいぶ恩情をかけられている。その上で、いつものギガイらしく冷酷に言い捨てたのだ。これ以上の特別な扱いはない、とその態度は告げていた。
ラクーシュも、その事に気が付かなかった訳ではない。でも引くことができない想いに、命じられた退出に応じることが出来なかった。
「申し訳ございません。私の指導不足です」
走った不穏な空気の中、ギガイとラクーシュの間に入って、リュクトワスが頭を下げた。
「少しこの者と話しをする時間を、頂きたく存じます」
威圧を纏い始めたギガイから、返答がないことを返事として、一礼をしたリュクトワスがラクーシュを連れ立って外へ出た。
足速に執務室から離れるリュクトワスからは、いつにない苛立ちが漂っている。そのまま角を曲がった所で、リュクトワスがラクーシュの頬を殴って、胸倉を捕まえた。
「お前達は何をしている! お前達がそこまで愚かだとはな!」
「私達はレフラ様の直属です。その職務を全うしているにすぎません!」
「だが、ギガイ様の武官であってのことだろう! ギガイ様の意に従え!」
「意に背くつもりは、ありません!」
「それならば、もう引け! これ以上はダメだ。それにお前達に何かあれば、気に病むのはレフラ様だ。そのことはお前達が1番分かっているだろう?」
「分かっております! ですが、ずっとお一人で生きてこられた方なんです。たった独りで生きて、死んでいく覚悟さえ、嘆く事も、何もおかしいとも思わずに、笑っているような方なんです。そんな方の側に職務としてのみ、仕えていろと仰るんですか。そのまま孤独であれ、とレフラ様へリュクトワス様は仰いますか!?」
ラクーシュは、豪胆でどこか脳天気な所があるような部下だった。そんな部下からの、様子の違う訴えなのだ。リュクトワスは息を呑んだ。
リュクトワスにしても、全てを押し殺して生きてきた小柄な寵妃に、何とも思わない訳ではない。
ギガイを支える御饌として、平穏にこの主と過ごして欲しいと思う以外にも、純粋に幸せになって欲しいという気持ちもある。
だが、リュクトワスはギガイの主席近衛官として、全ての臣下を取り纏める立場だった。自分の感情に、流されることはできないのだ。そしてラクーシュ達3人へも、同じことを求めていた。
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