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第144 かわされた言葉 5

「……貴様等は、武官だろ……小隊長にまで任命した者達なはずだ……」 剣の腕やその他の優秀さはもちろんだが、必要な非情さも持っている、そんな者達だったはずだ。だからこそ、リュクトワスは3人を、レフラの護衛に推薦したはずだった。 「ですが、1人の|人間《獣人》です。情に動かされることもあれば、今回はそうすることが間違いだとは思えません。3人で話しをして、そう決めました」 「武官としては、致命的だ」 「分かって、おります」 「分かっているのなら、ここは引け」 「引けません」 「ラクーシュ!!」 「ギガイ様がおそばに付いて下さらないいま、レフラ様は独りで耐えています。泣き出しそうなお顔で、でも泣くことさえできないまま」 レフラの孤独に寄り添うのは、ギガイだったはずなのだ。自分の一族から存在価値を否定され、それなのに最も側に居て欲しいはずのギガイには、距離を取られてしまっている。 「そんなレフラ様を、私達まで職務として切り捨ててしまえば、かつての二の舞です! ようやく穏やかに笑うようになったあの方の心は死んでしまう。現にお食事さえ、全く摂れない状態なんです」 ここへ向かう前に見た、レフラの表情が脳裏を過る。 「身体さえ生きていらっしゃれば、心が死んでも構わないと、お思いですか? ギガイ様もそんなことを、望まれるとは思いません」 ずっとあの2人を近くで見続けてきたのは、自分達3人だった。だからこそ、ここで引いてしまっては、レフラの為にも、あの主の為にもならないと、思っている。 「……少し、待っていろ。折を見て、私の方からもお伝えする……」 「ありがとうございます!」 まだギガイの同意を得られた訳ではない。それでもわずかな前進に、ラクーシュは少しだけ安堵した。 「それは不要だ」 「ギガイ様!!」 突然聞こえた声に、驚いたのはリュクトワスも同じようだった。 いつからそこに居たのか、慌てて頭を下げた2人に、ギガイが重い溜息を1つ吐き出した。 「アレをよく知るのは、お前等だからな。ここまで訴える、ということは、マズイ状況なのだろう?」 「……はい……」 「かつての二の舞は、私も望まん」 「では……」 「少し宮へ戻る。リュクトワス、簡単な決裁はお前に任せる。だが例の件の報告があった場合には、すぐに連絡を寄越せ。それから、遠征にそなえて、アドフィルと決裁権の範囲について取り決めておけ」 レフラの元に向かってもらえる。 (これで少しでも、レフラ様が癒されてくれれば……) ギガイの言葉に、ラクーシュはホッとした。だが同時に聞こえていた “遠征” という言葉に、別な不安が駆り立てられる。 魔種の討伐のために、ギガイが遠征をすること事態は珍しくはない。だが、決裁権の委任がされるとなれば、話しは別だった。短くても1ヶ月、長ければ1年。それぐらいの規模で主要地を空ける可能性でも無い限り、代理裁決者などは準備しない。 それだけの規模の遠征となれば、考えられるのは他部族との紛争が生じるということだった。 跳び族が解消とは名ばかりの、一方的な約定の破棄を告げてきたのが、昨日のことだ。その翌日には動き出した紛争となれば、相手は跳び族なのかもしれない。気が付いた事実に、ラクーシュの顔が青ざめる。 「レフラのことを気遣った、あれに関する訴えならば、見逃してやる。だが、その逆は認めん。貴様等も黒族の武官ならば、分かるな」 ラクーシュの表情を読んだギガイが、目を細めた。 『レフラの事をギガイへ訴えたとしても、ギガイのことをレフラへ知らせる事は認めない』 そうハッキリと釘をさされてしまった事で、予想があながち外れていないことを理解する。 「はい。重々弁えております」 ラクーシュはただ重々しく言葉を返すしか、できなかった。 「それなら良い」 端的な言葉の後に、ギガイが宮へ向かって歩き始める。 (レフラ様が望むものなんて、穏やかな日々や、日常のほんの些細な幸せ程度じゃないか!) それなのに、どうしてこうも儘ならないのか。苦しく思いながらも、誰に言えるはずもない。 ラクーシュはリュクトワスへ頭を下げて、その後に続いて歩き出した。

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