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第145 かわされた言葉 6

扉の向こうの気配が大きくなる。 何もすることが出来ないまま、大きな寝台の縁に腰掛けていたレフラが、その気配に立ち上がった。 期待とまさかと打ち消す気持ちに揺れながら、寝室の扉を凝視する。それから遅れて数秒後、カチャカチャと解錠する音が鳴り、ギガイが扉を開けて入って来た。 「ギガイ、様……ッ!!」 目頭が熱くなって、一気に視界がぼやけていく。 駆け寄れば、変わらないギガイの腕が、いつものようにレフラの身体を抱え上げた。 「……ど、どうして、どうして……聞いて、くださらないんですか……お願いです、お話しを、させてください……」 堪えていた涙がボタボタと落ちていく。 首にギュッと腕を回してしがみ付いたレフラの背を、ギガイが何度も撫でていた。 「レフラ、そうやって泣くな。良い子だから分かってくれ。お前はもう私に嫁いだ身だと、言っただろう? だからお前は、何も気にせずに、ここで私の戻りを待っていてくれ」 「でも、でも、聞いて、下さい。内乱が、あったはずなんです……だって、今までイシュカと居た、シャガトが側に居ないんです……」 「レフラ」 「それに、ムニフェルムの花を使えば、病のように衰弱させる事だってーーーー」 「レフラ、この辺でもう止めておけ。話しは、御饌の約定の事だろう。それ以外はお前が口を出すべき話しではない」 ハッキリとレフラの言葉を制止しながらも、言い聞かせるような声音は、ギガイなりにレフラを思ってのことだとは伝わってくる。 だけど、レフラはそんなギガイの胸元を、ギュッと震える手で握り込んだ。 「だって……ギガイ様が、ハッキリ告げて下さらなかった……ってことは、約定は破棄になったのでしょう……?」 「……あぁ、そうだな。だがそれでお前が御饌でなくなったとしても、私にとっては何も変わらん。これまで通り、お前だけが唯一だ」 その言葉が、嬉しくない訳じゃない。だけど、いくらギガイがそう言ってくれても、御饌の約定を失う訳にはいかなかった。 「でも、それじゃあ、ダメなんです! 御饌の約定を無くさないで……跳び族との約定を解消しないでッ! お願いです!」 「レフラ、いい加減にしろ。そこからは私が考える事であって、お前が口を出して良い事ではない。出すぎたマネは止めろ」 ピリッとした空気が走り、ギガイが不快そうに目を細めた。 「そもそも、約定の破棄は、跳び族からの申し出だ。なぜ、お前を蔑ろにした一族を、私が配慮する必要がある? お前にしてもそうだ。なぜこうやって庇うのだ。本当ならば、あのような者達に、お前が心を砕く事さえ、腹が立っているのだぞ。お前は私に嫁いで、すでに私の民と同様だ。もうこれ以上は気にするな」 「違うんです、そうじゃ、ないんです……」 とっさに口に出た言葉だった。 「何が違うのだ?」 だけど、改めてギガイに問われて、そう言い出したはずのレフラ自身、言葉に詰まってしまった。 「………………」 「…………とりあえず、お前はしっかり休んで、しっかりと食事を摂れ。分かったな」 その言葉と一緒にサラッと頬をひと撫でして、ギガイがレフラの身体を寝台へと下ろす。 「まっ、待って! 待って下さい、ギガイ様!!」 軽いリップ音を立てながら頬にキスをして、踵を返したギガイは、もうこれ以上レフラに付き合ってくれる気は無いようだった。 「ギガイ様、お願い、待ってーーーー!!!」 止まらないギガイの背中を追いかける。だけど、レフラの指がギガイの身体を捕らえる前に、寝室の扉は再び閉じられてしまった。 案の定、冷たい金属音と共に施錠された扉は、ガチャガチャと虚しい音を返すだけで、もう開けることはできなかった。

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