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第146 かわされた言葉 7

「ギガイ様、ギガイ様ーーーー!!」 大声で叫んで扉を叩いても、もうギガイが戻って来るような様子はない。 このままでは、御饌の約定は無くなってしまう。 跳び族は御饌の庇護を失って……。 そして、生まれてくるギガイの子には、唯一無二の寄り添う存在が居なくなる。 かつて孤高であるギガイに寄り添う者が欲しかった。それと同じだけの気持ちで、愛するギガイとの間に成す、我が子の孤高にも、寄り添う者が欲しかった。 こんな事態の中なのに、自分の事ばかりを考えている醜さが情けない。 跳び族の長子として一族を護る者として、抱いた矜持が揺れていた。そんな自分から目を背けたくて、口をつぐんでしまった間に、伝えるタイミングを逃してしまった。 (でも、お願いです。ギガイ様との子供なんです。お願い、孤独にさせないで……!!) 独りの辛さは、誰よりも知っているレフラなのだ。 親として寄り添う事も出来ない我が子なのだから、せめて「御饌がいる」と望みを残してやりたかった。 慌ててまわりを見回せば、天井付近の空気窓が開いていた。黒族の者なら出入りが出来ないそのサイズも、レフラならどうにか可能な大きさだ。 (だいぶ高い場所ですけど、水時計の上からなら、どうにか手が届くでしょうか?) 琥珀の水が流れる大きな時計に登ったとしても、距離も高さもそれなりにある。身軽なレフラにとっても、正直なところ難しかった。 だけどギガイが上の館に戻ってしまえば、今のレフラがギガイへ会うのはますます難しいはずなのだ。 (勝手に外に出た事を、叱られてしまいますよね……) それを思うと、身が竦む。でも、いつか生まれる子の為に、レフラは水時計に手を掛けた。 少しでも、足掛かりにできそうな場所を求めて、精巧な装飾を辿っていく。かろうじて見つけた場所は、レフラを支えるにはあまりに心許ない太さだった。 (きっと、試せるのは1度だけです) 水時計の装飾の強度は、失敗したからもう1度、とはいきそうにもない。 (でも急がないと、ギガイ様が行っちゃいます) そんな焦りの中で試した事が、上手くいくはずがなかった。 本来の使い方から大きく外れているのだ。足を掛けた装飾は、レフラの重みに耐えきれずに、大きな音を立てて折れてしまった。 「レフラ様! 大丈夫ですか!?」 音を聞きつけた3人の、慌てたような声がする。 (どうしよう、見つかっちゃいます……!) 何か答えた方が良いはずなのに、とっさに言葉が出なかった。 「申し訳ございません。入室させて頂きます!」 そんな中で入ってきた、エルフィル達3人から逃れるために、レフラが水時計の上で窓へ向かって跳躍しようとした時だった。 焦りで不安定な体勢のまま、蹴った事が悪かったのかもしれない。斜めに蹴り出す力を受けた水時計が、そのまま床へと倒れてしまう。 ガシャーン!!! 「レフラ様!!??」 ガラス管が割れる音と、誰の声か分からない、大きな声が部屋に響いた。飛び込んできた3人と、割れて散らばるガラスの破片に、部屋の中が騒然とする。 「動かないで下さい!」 足場が倒れたせいで跳躍力が吸収されて、窓へは手が届かなかった。 とっさにレフラは、ガラスの破片に向かって駆け寄った。そのまま、大きな破片を握り締める。 鋭いガラスの断面が、握り締めた掌を切り裂いた。 痛みよりも熱を感じた掌から、流れた血が手首や肘まで汚していく。 「レフラ様、ケガを……ッ!?」 「お願い、近寄らないで!!」 慌てて詰め寄ろうとする3人を、握ったガラスの先端を首元に押し当てながら牽制する。3人がそんなレフラに息を呑んだ。

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