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第147 かわされた言葉 8
「レフラ様!! お止め下さい!」
声を張り上げた3人は、かつて若い武官へ向けていたように厳しい表情を浮かべていた。
(ごめんなさいーーッ!!)
自分へ優しくしてくれた人達だった。いつだって精一杯寄り添ってくれて、今日も独りじゃないと言ってくれた。
そんな人達に、自分の命を盾にして、エゴを押し通そうとしているのだ。ひどい裏切りだとは分かっている。
(ギガイ様だって、許してくださらないかもしれない。それでも、ギガイ様の子を孤独にしたくないんです)
それは誰かの為ではなく。レフラの自己満足でしかない、醜い行為だと分かっている。
それでも諦めきれなくて、レフラはゆっくりと後退した。
レフラを囲んで、取り押さえるタイミングを、伺っているのだろう。ジリジリと立ち位置を広げながら、3人が距離を詰めてくる。
「動かないで、って言ってます!」
「レフラ様、こんな事をしてしまったらーーー」
「お願いです! 何も言わないで!」
後退していたレフラの背が、トン、と壁に突き当たる。
3人を真っ直ぐに見つめたまま、レフラはずるずると床に座り込んだ。
「3人とも優秀ですから、私が外に出たとしても、きっとすぐに囲まれて、取り押さえられてしまうでしょう。だから、ここに居ます……お願いです……ギガイ様を呼んできて……お願いします……」
「レフラ様、こんな状況をギガイ様が見れば、ひどくお怒りになりますよ!」
逃げ出すマネと、損なうマネは許さない。そう何度も言われていた。
あのすれ違った日々の後、どれだけギガイが優しくなっても、それだけはずっと変わらなかった。
「……わかって、ます……」
「それなら、もうお止め下さい!」
「だって! 他に方法がないんです!」
きっとギガイはものすごく怒るだろう。
自分の命さえも差し出すほどに、ギガイは愛しんでくれていた。それだけの想いを知りながら、こんなマネをしでかしたのだ。
もしかしたら、愛想をつかれてしまうかもしれない。
想いを簡単に踏みにじる、そんなレフラを軽蔑するかもしれなかった。
どうでも良い相手を切り捨てる時の、ギガイの目を思い出す。
(あの目がもしも、向けられたら……)
仕置きよりも、何よりも。それが一番怖かった。
「……わたしも……こんなことは、したくないです……ほんとうは、こんなことしたくない……」
思わず零れた小さな呟きは、それでも3人には届いたようだった。
「それなら、どうしてこんな事を?」
リランが固い声音で聞いてくる。
「だって、御饌の約定がなくなれば、孤独に、なってしまうから……」
「孤独になんてなりません! レフラ様の日々はこれまでと何も変わらない、だからそのガラスを離して下さい!」
「早く止血をしないと、ますます体調を崩します!」
ポタポタと垂れ続けている血は、膝の辺りをもうグッショリと濡らしていた。そんなレフラの傷の様子に、エルフィルやラクーシュもだいぶ焦っているようだった。
そんな3人にレフラは首を振って、ガラスを喉に押し当てた。
「レフラ様!!」
プツッと尖った先端がレフラの肌を傷付ける。そのままプクッと溢れ出した血に、3人が悲鳴染みた声を上げる。
「御饌が居なくなってしまったら、誰がギガイ様の子へ寄り添うんですか……? だから、ギガイ様を、呼んで下さい……お願いします……お話しをさせて……」
レフラの様子に説得はムリだと悟ったのか。素早く3人で目配せをして、エルフィルが踵を返して外へ駆け出した。
それを見送って、レフラは滑り落としそうな、ガラスの破片を握り直した。
これで、きっとギガイはすぐにやってくる。その時のギガイの怒りがどのぐらいなのか。想像もできないまま、身が竦んで、震えてしまう。
それでもギガイの子を、孤高という名の孤独のままにはしたくない。
例えレフラが寵愛を失い、ギガイが他の誰かと成した子だとしても、その想いは変わらなかった。
(初めて温もりも、愛情も与えてくれたギガイ様の子ですから……)
寄り添う誰かに安らぎを得て、幸せに生きて欲しかった。
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