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第151 夢の終わり 3
護衛の3人を解任してから、一ヶ月半以上は経っていた。
(ギガイ様は遠征から、戻ってきていますよね……)
これまでの話しから、魔種の遠征は余程のことがない限り、どんなに長くても3日程度では終わるはずだった。
そんなギガイの戻りのタイミングを考慮して、今日まであの3人の解任に関して音沙汰がないということは、レフラの最後のワガママが受け入れて貰えたということだろう。
(良かった……)
3人との別れが、悲しくない訳ではない。
それでも、彼等の未来が開けたような気がして、嬉しくなる。ただ最後が円満な別れだったとは言い難くて、思い出せば少し心苦しかった。
「ふぅ……」
レフラは気持ちに区切りをつけるように、小さく息を吐き出した。
そのまま窓の外に目を向ける。今日はこの地にしては珍しく、雨がシトシトと降っていた。
レフラはフッと部屋の隅に備え付けられた、水銀時計へ目を向けた。医癒官の午前の定期診療にいつもよりだいぶ時間を取られたとはいえ、まだ日中の半分の時間さえ終わっていなかった。
(もう十分診て頂けた、と思うんですが……)
食欲は相変わらずなく、睡眠も不規則な状態だった。だけど、こればかりは原因が原因なのだから仕方がない。
病による症状ではないと、レフラ自身が一番分かっているのだから、これ以上自分へ手を煩わせることが申し訳なかった。
(治療しようも、ありませんし……)
栄養剤や睡眠薬だって、今の自分には、そこまでしてもらう価値はないのだ。衣食住とも、必要な世話は今でも十分にして貰えている。だからこそ、これ以上、何かをして貰うのは気が引けていた。
(でも、診察はもう良いですとお伝えしても、聞いて頂けませんでしたし……)
レフラに医療の知識がないことを前提に説得されてしまえば、それ以上は強くは出られないまま、今に至っていた。
「……とりあえず、書庫にでも行きましょう……」
あと少しすれば、この場所に身の回りの世話をする、会ったことさえない誰かがやってくる。
レフラの診察の間や食事の間、部屋を出ているタイミングを計って、身の回りの世話の者達が、レフラと鉢合わせをしないように巧妙に宮へ立ち入ってるようなのだ。
以前と同じお世話を、以前は今以上に誰の気配も感じることなく受けていた。
きっとその辺りの調整を、ギガイ自身や3人が行っていた、ということなのだろう。
(言葉を交わすことが許されていませんから、きっと下手に私とお会いしたら、その方に迷惑をかけてしまうんでしょうね……)
それが分かるから、レフラは極力そのタイミングに合わせて、席を外すように努めていた。
変わらず過ぎていく日々の中。
ただ静かな宮の中で、こんな風に息を潜めながら過ごしていく。それだけが、レフラのするべきことだった。
雨の音を聞きながら、広い宮の中を独りでゆっくりと歩いて行く。足音が静かな廊下へ響いていた。聞こえるこの2つの音が、宮の静けさや、独りなのだということを、痛いぐらいに伝えてくる。その中で、レフラは両手で抱えた掛布を、強く抱きしめた。
もう自分は御饌ではない。
子を成す役割も失った。
かつては自分を支えてくれた矜持さえ、自分で捨てたようなものだった。
全てを無くして、ギガイの寵愛も失ったいま、自分がここに居る意味は何なのだろう。
こんな時には、そのことを何度も何度も考えてしまう。でも。
「…………勝手に、出て行ったりしない、って……約束しましたから……」
その約束があったのだ。これだけが、手酷く思いを裏切った自分が、返せるせめてもの誠意だった。
別れを告げるその日の為に留まって、レフラは毎日をただぼんやりと過ごしていた。
だからこそ、今のレフラには、その日が来ないことが怖かった。
(お願いです。せめて終わる機会を与えて下さい……)
もしかしたら、そんな約束さえ、ギガイにとってはどうでも良いことかもしれないのだ。
そのせいで、もう2度とここに来ることも、ないのかもしれない。
失えるモノさえないレフラにとって、その事だけが怖かった。
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