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第152 夢の終わり 4

書庫の中、レフラはいつもの本を2冊、手元に揃えて、カウチの上に転がった。 薬草の本と悲恋の物語。 全く共通点のない2つの本は、ギガイと始めてここでゆっくりと読書をした時の本だった。 雨に関する思い出は多い。レフラは1つ1つ思い出しながら、表紙を指でなぞっていく。 「あんなに、来るのが怖かった雨期だったのに、楽しかったな……」 執務中のギガイの側にずっと居られて、初めてのことも色々体験させてもらえた。嫉妬をしたり、嫉妬をされたり。 「ギガイ様のお名前で、仕返しもしましたっけ」 レフラは思い出して、フフッと笑った。 一日中、2人で過ごす時間も、初めて得られた。ずっと宮で2人きりで過ごした穏やかな時間は、思い出すだけで心が暖かくなってくる。 「ギガイ様がこの本に戸惑ってる姿も、可愛かったですね」 また、フフフと笑って、レフラは本を胸に抱き締めた。思い出す1つ1つが愛おしかった。それと当時に。 「でも、来年の約束は……守れないですね……」 交わした約束の記憶に、レフラの心はキュッと痛んだ。 光を纏った大樹を前に、これからずっと共に見ようと言っていた。まさかあの時には、その次の雨期を共に過ごせないなんて、少しも思っていなかった。 それを思えば、やっぱり胸は痛かった。 「でも、幸せな日々でした……」 レフラは過ぎた日々を噛みしめながら、呟いた。 想い出は残酷だけど。 想い出は優しかった。 失った物を惜しんで|飢《かつ》えれば、現実との差に想い出は途端に苦しくなった。でも、求めることを止めてしまえば、想い出はどこまでも優しく、寄り添ってくれた。 レフラの心も、まだ日によって大きく揺れ動いてしまうけど。今日は幸せな気持ちで、想い出に浸っていられそうだった。 雨の音を聞きながら、レフラは掛布の中に潜り込む。 優しい記憶と雨の音が、苦手な孤独に疲弊していく、レフラの心を、今日は癒してくれていた。 あの日から、寝室や隣の部屋で過ごすのは、苦手だった。 どうしても、いつか扉が開いて、これまでのようにギガイが入ってくるのではないか、と期待してしまう自分がいるのだ。 そんな期待に気が付いてしまえば、想い出が途端に苦しくなってしまうのだ。だから、今ではこのカウチの上で、レフラは眠ることが多かった。 (雨の音が、いっぱい聞こえる……) 書庫に響くその音が、静寂をマシにさせるのかもしれない。 ここ数日、まともに眠れていないからか。 雨音が、久しぶりに眠気を、レフラにもたらしていた。 このまま眠ってしまったら、またどうにか時間が過ぎているのだろう。あとどれぐらい、こうやって消化しなくてはいけないのか、分からないような時間だけど。それでも眠って、起きた時には、時間は少しずつでも過ぎてくれる。 レフラはその眠りに縋りつくように、意識を手放した。 そんなレフラの意識が揺蕩っていく。 ゆらり、ゆらりと揺れながら。 その、ゆりかごのような心地良さは、想い出の温もりと匂いも伴っているようだった。 恋い焦がれて、望み続けて。 夢だけでも、もう一度と願い続けたものだった。 (ようやく、会えました……) 夢の中で叶った幸せに、レフラはしがみ付きたかった。 でも、少しでも身動げば、この泡沫のように儚い夢は、すぐに消えてしまうのかもしれない。 夢が弾けて消えないよう、眠るレフラは、呼吸さえも潜めていた。

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