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第156 それぞれの想い 4
「あぁ、そうだな。私の心配の前に、お前がしっかり食事をとれ」
「え…………ッ!?」
今のはいったい何だろう。それが誰かの声だと、認識できる前だった。
突然聞こえた音の後、グイッと感じた強い力と浮遊感に、レフラは何が起きたのか分からないまま、目を瞬いた。
「………………」
身体に回された太く大きなものは、人の腕に見えていた。それを恐る恐る辿っていく。かつては見慣れた太い腕から、服越しでも筋肉の隆起が分かる厚い胸板。広い肩から筋の見える首へと繋がり、精悍な顎先が見えてくる。
「ギ、ガイ……様……?」
かつてのように、片腕に腰掛けるように抱き上げられたレフラは、目の前の姿が信じられずに、何度も何度も目を瞬かせた。
「あぁ」
ギガイの訪れに、全く気が付かなかったのだ。いつから、ここに居たのだろう。
それよりも、だいぶ疲れた顔に見えるのだ。やっぱり以前のように、毎日多忙なのかもしれない。
(お休みをちゃんと取って下さいね、お食事も食べて下さいね、ムリはされないで下さいね)
伝えたいことは色々あった。でも、もうどれも、レフラが言えることではない。レフラは言葉を飲み込んで、想いを込めて、ギガイの腕を1度だけソッと撫でた。
「今日は、どうして、ここに?」
また喉が詰まって、上手く声が出なかった。
尋ねながらも、答えは分かりきっていて、レフラは次に聞こえるはずの言葉に身構えた。
(ついに、お別れの日なんですね……)
ツラくない、と言えば嘘になる。
それでも、ちゃんとサヨナラを言えるのだ。良かった、と安堵する気持ちも本心だった。
しかも、会えただけじゃなくて、こんな風に抱き上げてもらえたのだ。もう、2度と感じられないと思っていただけに、この温もりも嬉しかった。
「帰る場所に、帰ってきただけだ。ただし、またすぐに出るハメになるがな」
「…………えっ?」
それなのに、聞こえてきたのは『帰ってきただけ』という言葉なのだ。意味がちっとも分からなくて、レフラは呆然としながらギガイを見上げた。
「…………かえる……? ここに……? どうして…………?」
「お前が嫁いで来て以来、私の帰る先はここだろう?」
ハァーッ。
そんな大きな溜息と一緒に言われた言葉も、ちゃんと聞こえていた。だけど、理解した内容があまりにレフラにとって都合が良くて、期待するのが怖かった。
「お前のことだ、悪い方にまた結論づけて考えていたんだろう」
「……ちが、うんです…………」
「なら、なぜお前の護衛達を解任した?」
「だ、って……だって……私は……許されないことを、してしまったから…………」
「許されないこと、とは何だ?」
「……損なうマネと、逃げ出すマネはしないって…………ギガイ様と、約束したのに……あんな風に、自分を傷付けて……だから、もう、ギガイ様に見限られてしまうのも、当たり前で……」
「なぜ、それが当たり前なんだ? 私がそれを決して許さないと、誰が決めた? お前はそう結論づける前に、私にそれを詫びて、聞いたのか?」
「…………ゆるして、くださるの、ですか……?」
まさか、と思いながらも、湧き上がる期待を打ち消すことが出来なくて、レフラはギュッとギガイの胸元を握り締めた。
「……私が先に許してしまえば、アイツらが何も言えなくなるだろう。取りあえず、アイツらに先に叱られてこい。私の許しはそれからだ」
まだ許しはしないと、ギガイの言葉は告げている。だけどレフラの手を解いた掌は温かく、その指に落とされたキスもまた柔らかかった。
そのまま腕から降ろされて、ギガイがトンッと背中を押した。
えっ? と見上げたレフラに向かって、琥珀色の眼を向けたギガイは、隣の部屋にレフラを促していた。
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