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第161 それぞれの想い 9
「もしかして、私の為にムリに戻られたのでしょうか?」
レフラの焦ったような声音に、ギガイが心の中で苦笑した。
もしもここで「そうだ」なんて、言おうものなら、今度は罪悪感に、レフラは深く落ち込んでしまうだろう。想像に難くない状況だった。
「お前の為に多少ムリはしたが、もともと戻る必要もあったためだ」
ギガイはそんなレフラへ、安心させるようにそう告げた。
レフラを天秤にかけるなら、ギガイはいつだってそれ以外を、躊躇うことなく切り捨てられる。だから、そんなレフラの為に、多少のムリは通しはする。
だが、黒族の長として立つ以上は、職責を軽んじているつもりはない。
「……本当ですか?」
だからこれは、取り繕っての言葉ではなかった。
「あぁ、こうやって姿を見せておけば、他部族への牽制となるからな」
あまりに長期に渡って主要地を留守にするのは、今度は攻め入られる隙を与えかねない。
しかし、いつギガイが戻っているのかも分からない。神出鬼没の状態ならば、主要地から離れた場所での紛争だろうと、安易にこの主要地に手を出すことは出来なくなる。
「私の戻りについては、何も気にするな。ただ、まだ終わった訳ではないからな、しっかりとした戻りはもう少し待っていろ」
色々聞きたいことがあるのだろう。黙ってギガイを見上げるレフラの顔が、物言いたげな表情を浮かべていた。
あのタイミングで始まった、長期に渡る遠征なのだ。
今ではもう、跳び族の件だと分かっていて、色々な思いを抱えたまま、口をつぐんでいる様子が見て取れた。
「聞きたいことも多いだろう。今は堪えろ。私を信じて、待てるだろ?」
コクッとレフラが頷いた。
元々は領分を超えて、口を挟むようなタイプではない。
遠征前の騒動は、ギガイとの子を護りたいという、必死な想いがあったのだろう。それはある意味、レフラの領分でもあることだった。
「でも、お願いです。私を護るために、ギガイ様が全てを背負うことだけは、止めてください……」
そう言って、レフラがギガイへ真っ直ぐに向かい合う。その姿にはさっきまであった、脆さのようなものは消えていた。
「どういう意味だ?」
「七部族の長として、下されたギガイ様のご決断なら、何があっても受け入れます…………だから、それが私に関わることなら、私を傷付けないよう、隠したりはしないで下さい…………」
「だが私は、お前を傷付けかねないことから、お前を可能な限り遠ざけたい」
「ギガイ様といるために、必要な痛みだったというなら、私は受け入れます」
縋るように、でも譲れない、という強い眼差しが向いている。そのままレフラがギガイの手を握り締め、再び「お願いです」と訴えた。
「唯一無二だと、寄り添う者だと言って下さるなら、痛みを分かち合って、生きていきたい」
「…………知らなければ良かったと、思うことも出てくるはずだ」
「大丈夫です。だって、その時は1人で耐えなくても良いのでしょう?」
その言葉と共に、レフラが小さく笑って3人の方を振り返る。そんな素直に頼るレフラの姿に驚いたのだろう。護衛の3人が、大きく頷きながらも、驚愕に目を開いていた。
「それに、きっとギガイ様はそんな時、私の為に最善を尽くして下さるうえに、必ず癒してくださいます」
そうでしょう? と語りかけるレフラの目尻を、ギガイがスリッと親指の腹でなぞる。
「もちろんだ。だが傷付く痛みを感じない訳じゃないだろう」
「大丈夫です。信じていられるから。傷付いたって耐えきれます。だからお願いです」
ギガイの顔に手を添えて、レフラが真摯な声で訴えてくる。
「私の痛みを、ギガイ様が肩代わりしてしまわないで。今回私が叱られたように、私も私の幸せのために、ギガイ様へ負担を強いたりしたくない」
ギガイはしばらく何も言わずに、レフラの顔をジッと見つめた。無言の中で逸らされない視線に、ギガイが諦めたように力を抜いた。
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