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第165 深淵を覗いて 3

ギガイが去ってどのぐらいの時間が経ったのか。重たい身体を動かして、イシュカは石の壁へともたれ掛かった。 ボンヤリと思い出されるのは、まだレフラと肩を並べていた幼少の頃の事だった。 あの頃に、何をしてもレフラに適わなかった。 生来、レフラは器用な質だったのだろう。イシュカが鍛錬を繰り返して、ようやくレフラに勝てた事さえ、次の勝負の時には容易くレフラはイシュカを上回ってきたのだ。 それが悔しくて、悔しくて、仕方が無かった。 それでもいつかは勝てる日が来ると信じて、ずっと鍛錬を続けていた。 (それも、アイツが御饌になったことで、どうしようも無くなったけどな) 勝ち取りたかった次期族長の座は、イシュカの元に、自動的に落ちてきた。そして同時に告げられた。 『御饌を差し出すことで、跳び族は黒族の庇護が受けられるのだ。御饌を差し出すことを、これからは1番に考えろ』 その言葉は、イシュカを打ちのめすには十分だった。 翁も先代であった父さえも。一族を護るのは御饌なのだと言っていた。それは、いくらイシュカが努力しようと、覆らない事実なのだと告げていた。 胃の中がカッと熱くなる。 『そんなの、アイツだって受け入れるもんか……。 孕むのと引き換えに一族を護ってもらうなんて……そんなの、そんなのは、結局孕み族だって、認めるようなもんだろうーー!!』 その中で、イシュカは絞り出すように訴えた。 孕み族と侮れる事をレフラも同じぐらい、腹を立てていたはずなのだ。だから、大きくなれば、そうやって侮られることがないように、誇り高く生きていく。その想いは、レフラも一緒なはずだった。 『レフラだってそんな約定を、受け入れる訳がない!』 だから、これからも。御饌だとか、そんな事は関係なく。いつかレフラに堂々と勝って、誇りを持ってこの一族を背負っていく。 イシュカは、そう思っていた。 それなのに、蓋を開ければアッサリと、レフラはその立場を受け入れていたのだ。 『レフラは、自分の成すべきことを分かっている。レフラが御饌である以上、次期族長はお前となる。お前もレフラのように、わきまえろ』 そうやって、諭される言葉へも、イシュカは嫌悪感しか感じなかった。 同じ思いなのだと、勝手に信じ切っていた。 大きくなれば矜持を持って、共に一族を護っていくのだと思っていた。 裏切られた、という思いが捨てきれずに、御饌として隔離されて過ごすレフラを、遠くから眺めていた。 日に日に御饌として、細く、華奢に育っていく姿。そのくせ、女のように丸みもなく、凜と佇む中性的な姿は、自分こそが一族を護るのだと見せつけているようで不愉快だったのだ。 (せめてアイツが御饌として、女の姿であったなら、まだ救われたのだろうか) 分からなかった。でも、ここまで来て、イシュカは心の深淵を覗いた気がした。

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