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シュンは真面目だった。どの授業も一番前の席で真剣に聞き入り、ノートもきっちりと書き込んでいる。俺は今まで例の三銃士に連れられて後ろのほうの席に座ることが多かったが、実はあんまり視力がよくないので一番前に一緒に座れるのは助かった。
そういう真面目キャラは完璧主義で秀才というのが定番だが、シュンは結構な頻度で誤字をしていたりして、そういうときはこっそり指摘してあげる。そうすると、顔を真っ赤にして「ありがとう」と口を尖らせるのが可愛かった。あ~もうリアル嫁。飛び出してきた二次元。本当に嫁そっくりでかわいい。
それからはもう大学内でシュンを見かけたらとにかく一緒にいた。かぶっている授業は一緒に受けたし、お昼の時間が合えば一緒に学食に行った。
「シュンって何かバイトしてる?」
「コンビニで週四やってるよ。周藤くんは?」
「俺は本屋。遠いんだけど時給がいいし、漫画とかラノベとか発売日に買えるしさー」
「あはは。らしくていいね」
「暇な日は何してるの? 読書とか?」
「本は全然読まないなあ。出かけてることが多いよ」
「高校時代は何部だった? 文化部?」
「高校は何も入ってなかったけど、中学はバスケ部だったよ」
「シュンって真面目だよね。高校でもやっぱり成績トップとかだった?」
「いや、実は中高とあまり勉強してこなかったんだよね。下から数えたほうが早い成績だったよ」
川住 春 という男の中身は、話せば話すほど、俺の嫁、小早川春ちゃんとはかけ離れていく。春ちゃんは成績優秀大和撫子、文武両道で文芸部で本の虫で弓道を習っていて可愛くてえろくってああ違う。
似ているのは名前と顔だけだ。シュンは男だし三次元の存在だし、本当は嫁じゃないなんて、分かっていたことなんだけど。それでも不思議と落胆する気持ちはそんなにない。それは、彼と過ごす時間が存外に心地よいと気づいてしまったからかもしれない。
「そういえばスドウってどう書くの?」
右手でカツ丼を口に運びながら左手で携帯をいじるという器用な技を見せつけながらシュンが聞いてくる。一口がでかいな一口が。
今までは例のリア充三銃士に連れ出されて近くのファミレスやファーストフードへ赴くことが多かったランチタイムは、このところシュンと学食で過ごしている。本当はわざわざ学校から出るのも億劫だし、学食のほうが安いし、ずっとこうしたかったのだ。山田くん(山崎くんかもしれない)たちの誘いを毎度断るのは心苦しかったが、本当になんで俺を逐一誘うのかが理解できない。
最近では俺の定番になりつつあるカレーwithメンチカツを急いで飲み込んで、ご質問にお答えする。
「円周率の周にフジだよ」
「円周率って。変な例え、ふふ」
あ、笑った。
初めて話しかけてから二週間。実はシュンはそこまで陰キャラというわけではないことに俺は気づいていた。長すぎるモッサリ黒髪と地味な服装で勘違いされやすいようだが、実はサバサバと喋るし根暗なわけでもない。そして笑うとちょっと幼くて可愛い。そしてそして笑い方は嫁とは似ていない。控えめににこっと笑う嫁とは違い、シュンはしっかりと口角を引き上げて笑う。
「名前を聞いたことだけは何度もあったんだけどね」
俺の連絡先の登録名でも変更しているのか、携帯をサッサッと操作しながら告げられた言葉にきょとんとしてしまう。
「え、そうなの」
「うん。だって周藤くん有名人だし」
そういえばそうだった。学校内一のイケメンね、はいはい。しかし別の科にまで知られているのか。なんだか気恥ずかしいというか、ムズムズする。
「すっごく格好いいのにすっごくオタクな人がいるって聞いたことがあって。すんごい筆箱持ってたから、あーこの人かーって。話しかけられたときはびっくりしたよ」
そう言って目を細めて笑う。やめて、ちょっときゅんとするから、そんな可愛い微笑み方しないでくださる。
に、しても。シュンは俺がオタクだということも承知済みなのか。それでいてオタクな話題を振ってこないということは……。
「ごめんね、俺そういう話はちょっとわからないから、退屈じゃない?」
ですよねええええええ。ああ、と俺は心の中だけでうなだれる。人を見た目だけで判断してはいけませんね。陰キャオタク仲間だと思っていたシュンは陰キャラでもオタクでもなかった。でもでも。
「いいよ、別に。一緒にいて楽しいし」
「えっ」
えっ? なんで、えっ?
こっちのほうが驚いて顔を上げれば、シュンは真っ赤な顔をしていた。え、俺なにかおかしなことを言っただろうか。
実際、シュンと一緒にいるのはとても気が休まる。シュンは根暗ではないがテンションが高いということもなく、言うなれば落ち着いている。なのに始終テンションの高い俺の話にもうんうんうなずきながら付き合ってくれるし、それでいてこっちを過剰にイジってくることもない。同じ科の面々は俺をオタクネタでイジっていれば笑いがとれると思っているらしく、同じようなネタで毎回イジられていて正直うんざりしていたのだ。シュンはそういうことがないため、一緒にいるときは自然体でいられる。
「お、俺はオタクな話題も分からないし、そっちの科の人たちみたいに賑やかでもないけど、それでもいいの?」
「うん。シュンのほうが心休まるよ」
思ったままを言えば、また顔を真っ赤にして黙り込んでしまう。そういえばシュンは根暗ではないにしろ、友達は少ないようだ。機械科の連中とも一緒にいることは少ない。なら、俺も彼にとって何か有益な存在になれているのかな。そうだといいんだけど。
ああ、真っ赤になってる顔も本当に可愛い。俺ってば、シュンにメロメロです。自分でも分かるほどに締まりのない顔でメンチカツをあぐっと頬張ったとき、背後から首に腕を回されてうぐっと喉につまる。
「よっ周藤」
「お……まえらっ」
危うく窒息死だ。嫌だ、死因がメンチカツだなんて!
怒りをこめて振り返れば、同じ科のリア充三銃士だった。そういえばこんな人たちいたなあ。最近一緒にいることが少ないのですっかり印象が薄れていた。
「なんだよー。最近つれないじゃん?」
「そうそ。前は俺らとメシ食ってたのに」
笑いながらバンバン背中を叩かれる。こいつら、俺が今口の中に食べ物を含んでいるということが本当に分かっているのか? リア充のこういうノリには本当についていけない。
「だぁっ、別にいいだろー。俺が誰とメシ食ってても!」
首にからまったままだった腕を振り払いながら言えば、彼らはみな一様にポカンとした顔をする。
え? 俺、何かおかしいこと言ったか?
「まぁ……周藤がソイツがいいってんなら、いいけどよ」
「ま、たまには俺らにも構ってよねん」
「お、おう」
さっきまでの勢いはどこへやら。突然冷めたように踵を返す友人たちに、俺のほうがあっけに取られてしまう。
「じゃ、あとで授業でなー」
去っていく奴らの背中を見送りながら、俺の頭上には疑問符がたくさん浮かんでいた。結局何が言いたかったんだ彼らは。
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