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「周藤くんオハヨー」  背後から声をかけられて漫画のように肩が跳ねた。振り返れば、何度か話をしたことのあるデザイン科の先輩女子二人組だった。名前は存じ上げない。 「お、おはようござます」  癖で笑顔を作り出せば先輩たちはキャッキャと笑いあって講義へと向かっていった。  一コマ目が始まろうというこの時間、大学の正面玄関には人が多かった。俺は入り口の脇の植え込みに腰をかけてシュンを待っているわけだが、昨日あんなことをしてしまっただけに、どう顔を合わせたらいいのか分からなかった。いや、別に直接何かをしたわけじゃないんだけど! なんていうか、こう、罪悪感が底から底から湧き上がってきて、平常心ではいられなかった。なんならここで脚をばたばたさせながらのたうちまわりたい。  そのくらい取り乱しているのに、周囲は俺を放っといてくれない。声をかけてくる奴も多かったし、そうでなくても視線を感じた。落ち着かない――。  でもここで待たなければ、シュンと余計会いづらくなる気がした。だから俺は耐えた。耐えに耐えた。 「遅ぇ……シュンの家って遠いのかな」  俺はシュンの住んでいる場所を知らない。それだけではない。地元も、バイト先も。  シュン。俺にはシュンがよく分からなくなってきたよ。それ以上に、俺は俺自信が分からない。俺はシュンと親しくなって、どうしたい? 俺は、シュンと、どうなりたいのだろう。  そんな疑問を抱えつつ植え込みに座っていれば、校門のほうから愛しの嫁……シュンがやってきた。  今日も大きな瞳がきゅるんきゅるん。髪もツヤツヤ。寝起きで少しむくんでいるのかいつもよりも頬がふっくらしていて、小動物みたいで可愛い。いや、どんなシュンでも可愛い。食べてしまいたい。……いやいやいや! 「おはよ、シュン」  小走りで駆け寄ってくるその可憐な姿に忍装束のフィルターを脳内で必死にかけながら、表面では爽やか紳士を装って微笑みかける。 「おはよう周藤くん。その、昨日はごめんね」 「きっききき昨日っ?」 「周藤くんのバイト先だなんて知らなくて、その、感じ悪くて……」 「い、いや。気にしてないし」  ショルダーバッグの紐をぎゅっと両手で握り締めたその仕草が可愛くて可愛くてうっかり昨日のアレを思い出しそうになった。歩き出したシュンの後ろで気づかれないように自分の頬をつねる。出てけ、俺の邪心!  なんだろう。まともに目をあわせられない。誤魔化すように立ち上がって、講義室のほうへ歩き出した。 「周藤くん、お昼は学食?」 「もち」  今日は残念ながら別々の授業なのです。でも教室はすぐ近くだし、午後の一コマは同じ授業だった。シュンと一緒にいられる時間が長いというだけで、退屈な授業も耐えられる。愛の力って偉大だ。 「じゃあまた昼な」  シュンと別れて自分の講義室へ向かう。例のリア充三銃士たちが教室の後方に陣取っているのが目に入る。二人がけの席を二つ使って、余ったひとり分には荷物が置かれていた。 「はよー」  声をかければチラリと俺を見るが、それだけだ。あいさつを返すことはなかった。……あれ、無視、された? 「よっ。悪いけど荷物、いい?」  まだ他に席は空いているが、わざわざ離れて座る理由もない。どかしてくれと促せば、チッと鋭い舌打ちが返ってきた。  ――え……?  三銃士の中心人物、山田なにがしが忌々しげに口を開く。 「お前の席はねーよ。周藤」  ザ、と周囲のざわめきが遠くなる。  友人たちの――友人だと思っていた奴らの冷たい眼差し。その目からひしひしと放たれる、拒絶感。 「え、なん……」 「お前はあのメガネくんと居るほうがいいんだろ? じゃああっち行ってろよ」  な……。小学生みたいな理屈に怒りを覚えるが、冗談で言っているわけでもなさそうだ。クソ、と短く悪態をついて、奴らから目いっぱい離れた席に座った。嘲った視線が追ってくるような気がして、イヤホンを耳に突っ込む。嫁のキャラソンを大音量で流して外界をシャットアウトした。  確かに気が合うとは思っていなかった。けれど目に見えて衝突したことがあるわけでもないし、あいつらが気を悪くするようなことを言った記憶もない。どうして急にこんなことになるのか、分からなかった。

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