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「ごめん、遅くなっちゃった」  食堂の前のベンチで携帯ゲーム機をいじりながら待っていれば、愛しの嫁が走りよってきた。遠くから見ても可愛い。天使。あんなことがあった後だけにとんでもなく和む。抱きついてしまいたいくらいだ。 「ううん、今このゲームはまってるし。平気」 「なんか難しそうだけど、周藤くんゲーム上手そう」  他愛ない話をしながら混み合った食堂に入る。入り口付近に例の三人が座っていて、一瞬目が合った。俺とシュンが一緒にいるのを見て、嘲ったような笑いを寄越す。 「いこ、シュン」 「う、うん……?」  こんなことになっているなんてシュンには知られたくない。わざとらしいほど素っ気無く奴らの横を通りすぎて、奥のほうの席へ向かった。 「クッソ」  苛立ちのままカレーの上のカツにザクッとスプーンを突き立てる。正面の席で牛丼を頬張っていたシュンがきょとんと目を丸くする。 「周藤……くん?」 「わっ、ごめん! ちょっと考え事してて」  シュンを怖がらせちゃダメじゃないか、俺の馬鹿馬鹿馬鹿! あわてていつもの必殺スマイルを装備すれば、シュンの頬がほんのり染まる。照れたように伏せた目が可愛かった。ああ、俺シュンの表情だけでご飯何杯でもいける気がする……。 「ケッ、へらへらしやがって」  食器を下げに通りかかったらしい山田くん(仮)が心底疎ましいとでも言うように眉間に皺を寄せていた。俺とシュンが一緒にいるのがよほど気に喰わないらしい。後からついてきた他の二人はハラハラと俺と山田くん(?)の顔を見比べている。なるほど、どうやら彼が中心になって俺を毛嫌いしているらしい。でも他のふたりの顔にもどこか楽しんでいる様子が垣間見えた。そこまで憎まれるようなことをした覚えはないんだけどなぁ。  ここで言い争いをするつもりもないし、シュンにみっともないところを見せるのは嫌だ。だんまりを決め込もうとしたが、次の一言だけは聞き過ごすことはできなかった。 「その地味眼鏡といて何が楽しいんだよ。きめえ」  ガタンッ、と大きな音が食堂に響き渡る。辺りが静まり返り、椅子を蹴って立ち上がった俺に視線が集まる。 「俺のことならオタクだろうとキモイだろうと何言われてもいいけど。シュンは関係ないじゃん」 「周藤、くん……」  所詮気弱なオタクだ、言い返すとは思っていなかったのだろう。山田くん(?)は明らかに動揺して一歩後ずさった。 「おまえにシュンの何が分かるの? シュンは優しいし、真面目だし、うざいイジり方してこないし、本当は興味もない俺の話ちゃんと聞いてくれる」  何より俺の嫁だし。というのは心の中で付け足すとして。 「シュンと一緒にいるのは最高に楽しいよ。おまえらにとやかく言われることじゃない」  正面きって相手の目をしっかり見据えて言ってやる。こちとらオタクとはいえ、この容姿のせいで色んな人に絡まれてきたんだ。言いたいことくらい、言える。 「な、何だよ、あとで泣きついてきたって遅えからな」  漫画でしか聞いたことのないような負け犬のナンタラを残して、山田くん(仮)たち三銃士は去っていった。  あとに残されたのは気まずい雰囲気の観衆と、いまだ立ち上がって鼻息を荒くした俺と、真赤な顔でうつむいてしまったシュン。  どうしましょう、この空気。  とりあえず座ってみる。そんでもう食べる気の失せたカツカレーをぐちゃぐちゃかき混ぜてみる。程なくして、向かいでうつむいたシュンの口から小さな声が聞こえてきた。 「……ごめんね、俺のせいで」 「は? 俺の言ったこと聞いてた?」  気が立っているのでつい口調が荒くなる。いけないと思いつつも、今のはシュンにも少し腹が立った。 「俺がシュンと居たいの。わからない?」 「でも……」  なおもぐずぐずと言い募るシュンの、箸を持ったままだった手を上からぎゅっと握りしめた。長い黒髪のかかったシュンの肩がビクリと跳ねる。 「わかって。」  まっすぐ、視線で射抜くように見据える。真赤になったシュンの顔。眼鏡の奥の大きな瞳。今日は、いや、このところ不思議とその顔に嫁が重なって見えることがない。俺の目には、ただただ川住春という男の姿だけが映っている。  ややあって、シュンの小さな顔がコクリと縦に振られる。そして小さく笑った、そのお花が綻ぶような笑顔に、俺は、俺は……。  ああああ何でいい雰囲気だったのに反応してるんだよ俺の下半身んんんん馬鹿っ!

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