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 通路の真ん中にあるベンチに座ってシュンが来るまでの間木村と話し込んだ。ハマっているゲームやアニメの名前をそれぞれ挙げては共通しているものがあればガッチリ手を組み合ったり、お互いの大学の話をぐだぐだと話したり。高校を卒業して一年以上経つが、以前と全く変わらない温度で話せるのがありがたい。やっぱり友達ってこういうもんじゃないとなあ! 「しかし木村変わんねーなぁ」 「そうか? 周藤も相変わらずイケメンだなこんちくしょー」  その言葉が、今は胸にささる。木村にそんなつもりがないのは分かっているが、皮肉にしか聞こえなかった。途中の自販機で買った缶コーヒーのプルタブをいじり回しながら、溜め息をつく。 「なあ。変なこと聞くけどさぁ……俺ってそんなにイケメンか?」 「んー」  木村は空になったミルクティの缶を両手で抱え、それを口許にあてて上目遣いで考え込む。これが美少女だったりシュンだったりしたならその辺の柱に頭を打ちつけたくなるほど可愛いが、こいつだと微塵もかわいくない。萌え仕草をするな、鬱陶しい。 「そのまま二次元に突っ込んでってもイケメンキャラで通じるくらいにはな」 「もっと分かりやすいたとえで頼む」 「腐女子が描くBL漫画に攻で出てきそう」 「オウイエス」  なんとなく分かった気がする。モデルになれそうとか芸能人よりかっこいいとか色々言われてきたが、オタクな友人からオタクなたとえで言われると物凄くしっくりくる。 「なんだよ。なんかあったわけ?」  きっとそのときの俺はよほど冴えない顔をしていたのだろう。声音から木村が本当に心配してくれているのだと分かった。 「……俺、今までこの顔のせいで友達に困ったことなかったけどさ、最近なんかうまくいかなくて」  ぽつり、と吐き出せば、一気に感情が溢れてきた。 「うちの大学オタクっぽい奴いなくてさ、周りみんなリア充なんだよ」 「うへー、きっつー」 「だろ? オタクなこと隠してるわけじゃないんだけどさ、やっぱり共通の話題があんまりないし、ノリが違うっていうか。あいつらと居ても楽しいっちゃ楽しいんだけど、なんか違うっていうか。……息苦しくて」  だからこそ、自然体のままで居させてくれるシュンと一緒にいるのは楽しかった。すごく心が安らいだ。そのことが、こんな結果を招くだなんんて。  今まで黙っていても人が寄ってきていた。だから今、他人とどうやって付き合ったらいいのか分からない。 「特別仲いいやつはいねぇの?」 「いる。けど、今色々ぎこちなくてさ」  本人には気にするなとは言ったが、それでも例の食堂での一件からは何となくシュンとも気まずい。どこか俺に遠慮している節があるのだ。今日はこんな事態だったので付き合ってくれたが、学内ではそこはかとなく距離をおかれている気がしなくもない。 「何なんだろな、最近の俺。らしくねぇよ」  膝に頭をくっつけてため息をつく俺の頭上で、木村はミルクティの缶をもてあそびながら、とんでもない爆弾を放つ。 「それって……お前そいつのこと好きなの?」 「――はっ?」  思わず伏せたばかりの頭を上げる。そいつって。流れ的に、シュンのことか。シュンのことかあああああ! 「イヤイヤイヤ! ないないない! だってそいつ男だし!」 「あ、それなんだけどさ」  激しく頭を左右に振って否定する俺に、木村はわざとらしい仕草でぴっと人差し指を突き付けてきた。 「高校の頃から思ってたんだけど、周藤って男女どっちでもいけるんじゃねえかって」 「…………は?」  ちょっと待て。どういうことだ。この周藤貴也、ノーマルな性癖で二十年間生きてきたつもりだ。それをここにきて、なんだと? 「だってお前、顔で寄ってきた女にキモオタとか死ねとか言われまくって、軽く女性不信じゃん?」 「うっ」  ヤメロ。人のトラウマを掘り返すな。 「高校のときさ、クラスに町田っていうすげーかわいい男子いたじゃん」 「可愛いかは分からんがいたなぁ」 「俺あいつならいけるかもしれない、って言ったときの周藤はマジだったぞ」 「……」  そんなことも、あったかもしれない。  え、ちょっと待て。俺ってば男もいけちゃうの? オタクな上にバイなの? ってことは、ってことは。  俺、シュンのこと好きなの? 「ウソだろ……」  だが、他の友人たちとは明らかに違う目でシュンを見ていることは確かだ。嫁に似ているから? いや、それだけじゃない。シュンといると安らぐ。シュンともっと一緒にいたい。もっとシュンのことを知りたい。シュンを傷つけてしまって悲しい。おいおい。これって俺、重症なんじゃないの?  うおおおおとか、アヒイイイイとか、言葉にならない悲鳴を頭の中であげて転げまわっていると、離れていても分かる華憐な足音がぱたぱたと聞こえてはっと顔をあげる。やや遠くから、天使、嫁、いや、シュンが本屋の袋を下げて小走りでやってくるところだった。 「お待たせ。遅くなってごめ……あれ?」  そして俺の隣に座っている木村を見て、きょと、と首をかしげる。これええええ! これですよ、萌え仕草ってのは! 「高校のときの友達。偶然会ってさ」 「あ、そうなんだ。こんばんは」  ああ~、礼儀正しく挨拶できるシュンは可愛いねえ、えらいねえ、ぴょこって頭下げて可愛いねえええええ。 「あ、ドモ。……って、んん?」  木村が顎に手をあててシュンをまじまじと見る。おいやめろ、俺の嫁を視線で汚すんじゃねえよ。程なくして、「君、ちょっと眼鏡外してもらっていい?」なんて言い出す。シュンも俺も頭に疑問符が浮かんだが、分からないままに眼鏡を外しちゃうシュンまじ天使。  野暮ったい銀縁眼鏡の奥から大きくぱっちりとした黒目が現れると、本当にシュンの顔は春ちゃんそっくりだ。まるで画面の中から飛び出してきたよう……って、ああ! 「あー! やっぱり!」  木村が不躾にもシュンの顔を指さして大声を出す。だめだ、それはいけない。 「木村、あの」 「周藤! この子めっちゃ春ちゃんにソックリじゃん!」  ……南無三ッ。  目を丸くするシュンと。額に手を当ててガックリする俺と。その双方に構わず木村は早口でまくし立てる。 「何だよー、こんな友達いるなら紹介しろよ。うっわーいいなあ、本当ソックリ、画面から飛び出してきたみたいじゃん?」 「えっと、あの?」  シュンが控えめな苦笑で問いかける。やめて。やめてくれ。 「え、周藤の友達なら知ってると思ったのに。俺らが今ハマってるアニメのキャラに小早川春ちゃんっていう子がいて、周藤の嫁キャラなんだけど、その子に君がソックリだって話」  丁寧なご説明ありがとうゴザイマス。  シュンは一気にまくしたてられた言葉を頭の中で整理しているらしい。きっと初めて会ったときに俺に言われた言葉を思い出しているのだろう。そして全ての要素に合点がいったらしい。さっと顔に赤みが走り、俺に視線を寄越す。  視線で死ねるなら俺は今即死していたと思う。 「周藤くん……どういうこと?」 「あー……、シュン、違うんだよ、俺は」 「その、嫁? 好きなキャラに似てたから、俺と友達になったってこと?」  辺りの空気がピシッと凍る。木村も自分が不用意に言った言葉がどんな影響を与えたかようやく気付いたようで、顔を青くした。 「俺はそのアニメのキャラの代わりだったの? じゃあ俺といるのが楽しいとか言ってたのも、何度も庇ってくれたのも、嘘?」 「違う、嘘じゃないって、聞いてシュン」 「聞きたくない」  下唇を噛み締めて。眉間にきゅっと皺を寄せて。強い瞳で俺を見たその顔は、きっとどんなに萌え絵を描く絵師でも描けない。そんな一瞬の張りつめた顔が心に刺さる。 「……本当にうれしかったのに」  聞こえるか聞こえないかの小さな声で言って、シュンは踵を返した。他のものに紛れていてもすぐにシュンのものだと分かる足音が遠ざかっていく。 「えと、周藤、ごめん……お前の友達だからとっくに知ってるんだろうと思って」 「うん。木村は悪くないからいいよ」  シュンの言ったことは間違っていない。  俺はシュンの顔が春ちゃんに似ているから声をかけた。その顔をもっと近くで眺めたかったから。可愛いシュンをそばに置きたかったから。  でも、今はそれだけじゃない。シュンといると心地よい。シュンと話していると楽しい。もっとシュンのことを知りたいと思う自分がいる。シュンのことでこんなにも一喜一憂してしまう自分がいる。  なんだこの気持ちは。どうして今俺は一歩も動けず立ちすくんでしまうほどにショックを受けているんだろう。そして、シュンはなぜあんな……悲しいという感情を凝縮して絞り出したような顔をしたのだろう。  足元がぐらぐらする。気のせいだろうか、立ち去る直前のあのシュンの顔。目元が光っていた気がした。

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