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 倉庫の鉄扉をばんっと開いたシュンが、逆光の中息を切らして立っていた。ああ、可愛い可愛いとばかり思っていたけど、今は最高に格好いいよ、シュン。 「ああ? 周藤のお気に入りのメガネクンじゃん」 「何しにきたわけー?」  三人がげらげらと笑い転げる。ああ、そうだ、シュンまでこんな痛い目に遭わされたら可哀相。それどころかこんなに可愛くて華憐でえろいシュンのことだ、この野獣どもにあんな目やこんな目にあわされちゃうかも! エロ同人みたいに!  そんなふざけた妄想を一瞬で頭の中に垂れ流すが、はっと気づく。昨日、シュンはDQN二人を軽々のしていたではないか。いやいやあれは俺の幻だったような気もしなくもない。だって可愛くて天使でえろくて嫁なシュンがそんなことをするわけ、 「ぶはっ!」  ぶあ、と空気が揺れた音がした瞬間、俺の上にいた伊藤くん改め伊川くんが凄まじい勢いで吹っ飛んでいく。その一瞬はまるでスローモーションのようだった。  伊川くんとシュン以外の全員の目が丸くなる。ガシャアンと激しい音とともに伊川くんがバレーボールのポールの束に突っ込んだ音で、我に返った。吹っ飛んだ伊川くん。細い脚を高く上げたままのシュン。眼鏡の奥のその目は完全に据わっている。鋭い眼光、ってこういうことを言うのだろうか。ええと、その、つまり。 「周藤くんっ、大丈夫っ?」  急にきゅるんっと効果音がつきそうな可愛い顔になってシュンが俺のそばに駆け寄ってきてしゃがみこむ。ああ今日もシュンは可愛いなあ。心配そうに眉を八の字にしちゃってフフフ、その眉間にデコツンしたい。  じゃなくて。俺はシュンの手をかりてなんとか起き上がる。腹を蹴られたのと肩を踏まれたのが内側からじくじくと痛んで、膝に力が入らない。立ち上がることができずに座り込んだ俺を見て、シュンの大きな瞳にカッと火がともるのを見た、気がした。 「な、なんだテメエ!」  遅れて我に返った山本くんと、ええと、こっちは本当に加藤くんだった気がする、加藤くんが、思い出したようにガーガーわめく。  シュンの頬がピクリと引きつり、ゆらりと立ち上がって彼らに向き直る。その瞳には、完全に殺意が宿っていた。その眼光の鋭さといったら、思わず俺まで寒気がしたほどだった。漫画やアニメだったらきっと紫色の毒々しいオーラがシュンの背後から放たれていたことだろう。 「お前ら俺の大切な人に……」  え。シュン、今、何て? 「コロす!」  そこからのシュンは、何というかすごかった。殴りかかってくるふたりをその小さな体躯をいかしてことごとくかわし、細い腕のどこからそんな力が出るのか、物凄い音のするパンチで次々のしていく。伊川くんは最初の一撃だけで、加藤くんはボディへ二発、中ボス山本くんには顔面への回し蹴りだけで完全勝利してしまった。  その間俺といえば、ポカンと間抜けにも口を半開きにしてその光景を見ているだけだった。 「クソ、何なんだよおまええ!」  逃げ腰で後退する山本くんが涙目でシュンを指差す。シュンは、ドン!と効果音がつきそうなほど堂々と胸を張って仁王立ちした。 「ケンカの仕方も知らねえくせにナメた真似してんじゃねえよ」 三人組もぽかんとしている。俺もぽかんとしている。 「二度と周藤くんに近づくな……! 今度こういうことがあれば、ボッコボコにした上でバイクで引きずり回してやるかんなァ!」 「ヒィイイ」  情けない悲鳴をあげながら三人組が撤退していく。目を回している伊川くんは加藤くんが引きずっていた。倉庫内には、座り込んだままの俺と、シュンだけが残された。  ……ええと。何から聞いたらいいんだろう。シュン、どうしてここにいるの? 昨日もどうしてあそこにいたの? 本当はそういうしゃべり方するの? ケンカ強いの? いや、そんなことより何よりも。  さっき、俺のこと『大切な人』って言った? 「シュン、どうして……」 「どうしてはこっちの台詞だよ!」  キン、と耳が鳴る。思ったよりも大きな声で返されてしまって面食らった。シュンは俺の正面にかがみこむと、両肩をガシリと掴んで揺さぶる。あ、あの、右肩はさっき思い切り踏まれてすごく痛いのでお手柔らかにお願いします! 「あの人たちが低能で最低で卑怯で周藤くんのことを良く思ってないことくらい分かり切ってたじゃないか! 昨日もあんな目に遭ったのに何でノコノコついていくんだよ馬鹿なのっ? 昨日は俺が地元の知り合いに誘われてたまたまあの場所にいたからどうにかなったし、今日は今日で俺がたまたま体育館に入っていく君らを見かけたからどうにかなったけど、下手したら怪我させられたりお金とられたり色々されてたかもしれないんだよ? 周藤くんなんて背も高くて恰好よくてなんでもできそうだけど、本当は弱っちいんだから絶対やられちゃうに決まってるだろ!」  おいおいひどい言い様だな。いつもかわいい顔して心の中でそんなこと思ってたの? シュンはそこまで一気に言い切ると、カク、と肩を落とす。 「ほんと……心配した」 「ご、ごめん」  何も言えなくなって、俯いたシュンのかわいいつむじをじぃっと見つめる。ややあって、シュンの肩がふるふると震えていることに気づいた。押し殺した吐息が聞こえてくる。え、もしかして……。 「シュン、泣いてるの……?」 「ッ」  黒の長袖Tシャツの裾でぐいっと乱暴に目元をぬぐう。どうしてシュンが泣くのか俺にはわからなかったが、その顔が見たい、と不謹慎なことを唐突に思った。 「俺が、守ってあげなきゃって、思った、のに……こんな目に、あわせて……ッ」  う、う、としゃくりあげるように泣くシュンの頬にそっと手を添える。ビクリと揺れた肩がかわいい。しっとりと濡れた感触が伝わってくる掌に、そっと力を入れて、顔をあげさせる。  大きな瞳が潤んでいた。長い睫毛が濡れていた。ほんのり赤くなった頬も、ふるふると揺れる唇も、何もかもがかわいくて……。 「シュンの色んな表情見てきたけど、泣き顔ははじめて見たね」 「ッ、ば、か」 「うん。俺バカだ……」  シュンが可愛すぎて、バカになっちゃった。  ぎゅ、とその小さな体を抱き締める。心地よい温もりが伝わってきた。自然とある五文字がふわっと脳内に浮かんできた。うん。  いとおしい。 「バカだから、変なこと言ってシュンを傷つけちゃったな。ごめんな」  ビクリと腕の中の体が震える。シュンの不安をかき消すように、その背を優しく撫ぜた。 「最初は確かに、春ちゃんに似てる、って興奮してシュンに声かけたよ」 「ッ、やっぱり!」  俺の体を両手で押し返そうとするのを、肩を掴んで引き寄せ直す。ち、力が強え! 「違うって、シュン聞いて」 「俺はその代わりでしかなかったんだ。周藤くんは、俺の外見だけが……ッ」 「シュンっ」 「やだ、聞きたくないよ!」  両手をこめかみにあてていやいやと頭を振るシュンの涙が、肩を抱く俺の腕に飛んで小さな水たまりをつくる。最高にかわいい仕草なんだけど今は困る、話を聞いてほしい。俺もシュンもこの事態に頭が冷静でない。どうにかしてシュンを落ち着かせなきゃ。ええとこういうときどうすればいいんだ、アニメや漫画ではどうしてたっけ。ヒロインが泣いて取り乱してるとき、ああ最近読んだ同人誌にそんなシチュエーションがあった気がする、ええと、ええと! 「シュン!」 「もういいから、何も言わな……んっ」  華奢な肩を抱き、涙で濡れた顔を下から覗き込み、――俺はシュンにキスをした。

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