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大学から二駅離れた駅、から歩くこと十数分。
「ここ、俺んち」
ゆっくり話すには丁度いいでしょ、と言うシュンが指差すのは、いかにも単身向けといった雰囲気の小奇麗なアパートだった。一階部分は全て駐車場になっている。コンクリートの柱がむき出しで外壁のない駐車場には、軽自動車や原付やバイクなんかが雑然と停められていた。
「はァ……ていうか、学校から遠くね?」
シュンが電車で通っているというのは知っていた。だがこれでは通学に三十分はかかるのではないだろうか。せっかく一人暮らしなんだからもっと近くに住めばいいのに。
「遠いほうが都合がいいから」
アパートの入り口は二階にあるらしい。シュンは二階に続く階段には向かわず、駐車場の中へとずんずんと入っていく。俺も後へ続く。シュンはそのままでも大丈夫そうだが、無駄に百八十センチ以上ある俺は、わずかに腰をかがめないと頭をぶつけそうだった。
やがてシュンは駐車場の一番奥に数台停められたバイクの中でも、一際大きな黒のバイクを指差した。
「これ、俺のバイク」
「え、えええええっ」
でかい。ごつい。格好いい!
俺はバイクや車には詳しくはないが、それでもけっして安物でないことは一目瞭然だった。これに乗っているシュンはなかなか想像できない。
いやちょっと待て。俺の想像力、否、妄想力はその程度では屈しない。思い描くんだ。この大型バイクに凛々しくまたがる俺の嫁を!
……ああ、いいかもしれない……。
「部屋は二階だから」
駐車場を出てコンクリートの階段を昇る。実質三階分の高さを一気に上り、情けないことに軽く息が上がった。一方シュンは軽やかな足取りで登っていく。毎日上り下りしているからとはいえ、この差に若干の気落ちを禁じえない。
「大丈夫? 傷が痛む?」
「イエ。ただの体力不足デス……」
シュンの部屋は二階の角だった。爽やかなブルーのドアを開けたシュンに続いて中に入り――唖然とした。漫画的に表現すれば、そのときの俺は目が点で描かれていたに違いない。なんというか、人のことは言えないが、凄まじい部屋だった。汚いとかそういうことではない。というか俺の嫁改め俺の天使の部屋が汚いわけがない。そうではなくて、とにかく趣味に走った部屋だったのだ。
靴を脱いで中に入れば、日当たりの良いシンプルなワンルームだった。十畳くらいか。向かって左側にキッチンスペースがある。普通。その奥に洗面所と風呂場があるらしい。興味は津々だけれど、まじまじと見るものでもない。普通。
問題は向かって右側。ベッドとコタツテーブルがある。パソコンがある。本棚があって本が詰まってる。そこまではいい。普通の大学生らしい部屋だ。だが。
壁に作りつけられた木造の棚にびっしりと並ぶ工具やスプレー缶は何だ。全五段の本棚のうち四段を占めるバイク雑誌は何だ。あちこちからぶらさがるライダースジャケットは。きっちりと透明の収納ケースに収まったグローブは。
いや、それらをフィギュアやDVDや漫画やラノベに置き換えれば俺の部屋と似たようなものだ。ついでに壁にポスターをかけてベッドと床に萌えクッションや萌え抱き枕を設置すれば完全に俺の部屋。似たようなものだ。ここまでもまだ許容できる。
だけれど、それらを差し引いても尋常じゃないものがあった。正面。大きな出窓の横にドォオオン!と効果音でもつきそうなほどに威風堂々とたたずむ、それ。白いコートの背中に様々な漢字が刺繍されている、それ。もしかして、特攻服って呼ぶんじゃないんですかね、シュンさん……?
「……ひいた?」
シュンは窓のほうを向くようにして立っている。俺からはその表情は見えない。
「なんていうか……びっくりはしてる」
正直頭がついていっていない。よし、整理してみよう。
山本くんたちを撤退させたときに見せたシュンの気迫。言葉遣い。ゴツいバイク。バイク超大好きですと溢れんばかりに自己主張する部屋。そして、と、とと、特攻服。これらから導き出される答えは。
「俺、高校まですっごいヤンチャしてたんだ」
でしょうね! もう、なんていうか、予想はついていた。薄々気づいてはいた。ただ、はっきり確信できていなかっただけだ。
シュンがベッドに腰掛けたので、俺もその隣に失礼する。青で統一された寝具にセンスを感じる。
「元はただのガキ大将だったのが気づけば中学一の不良になっててさ」
シュンはベッド横の棚にあった救急箱から中身を取り出すと、俺の無数の擦り傷ひとつひとつを消毒していく。そして、遠い目で語り始めた。
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