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四
普段通り千坂くんと二人きりになると、俺は千坂くんに気になったことを聞いてみた。
「あのさ、社長と千坂くんはデキてるの?」
千坂くんは飲んでたコーヒーを置くと、少し間を置いて答える。
「デキてない、なに言ってんだ」
「だってさ社長より会社仕切ってるし、社長のプライベートまで把握して指示出して、社長おとなしく言うこと聞いてるしさ。普通じゃないよね」
「今日は偶然それが重なっただけで、俺は仕切られる側 だ」
そうかな?
それだけじゃない信頼関係垣間見えたけど。
「千坂くん社長を抱いてるとしか思えないなぁ」
「ふざけるな、休憩は終わりだ」
千坂くんは仕事を再開する。
まぁふざけて言ったんだけど、まだ気になったのでもっと聞いてみた。
「ホントにデキてないの? だったら俺が千坂くん狙っちゃうよ?」
二人の仲に好奇心もあったけど、実際千坂くんに惚れそうだし、そこんとこちゃんと聞いとかないとね。
「おまえは前の会社でトラブル起こしておいて、まだ社内恋愛する気なのか」
「好きになるのは、しかたないことでしょ」
意味深ぶって見つめると、俺に好かれるのがイヤなのか、千坂くんはあきらめたように言った。
「社長がなんで社員増やしたのか、聞いたか?」
え、俺なんか関係あるの?
「オペレーターが欲しかったって言ってたよ」
俺もデザイナーの仕事がしたかったけど、前の会社じゃオペレーターしかさせてもらえなかったし、西依先生と仕事できるならなんでもやるよと、オペレーターとして入社してる。
「五嶋は俺と社長の間の、防波堤なんだと思う」
千坂くんの表情が、ふいに陰 る。
「五嶋が入るちょっと前に俺、社長に、一緒に栄進 の、社長の息子の父親になりたいって言って、断られてる」
栄進っていうんだ、先生の息子さん。
なんか、想像以上の親密度。
血のつながらない子どもの父親になるって、相当な覚悟だ。
でも、それが言えるくらいの関係だったんだろう。
「でもさ、ふたり仲いいよね? なんで断られたんだろ」
千坂くんしっかり者だから、先生と息子さん同時に支えること、できる気がするよ?
千坂くんは無表情で俺をチラッと見て、すぐに目をそらす。
「たぶん、年の離れた自分とその息子が、前途ある若者の未来を潰すとでも思ったんじゃないのか」
二十五歳と三十四歳、そんなにそんなに離れてはいない……、離れてるかな?
「千坂くん的には、未来潰れない感じだよね」
まだここ来て二週間しかたってないけど、千坂くんの先生に対する忠誠心みたいな愛情みたいなの、あらためて思い返してみるとやたら感じる。
俺の問いに、千坂くんの表情が少し、柔らかくなった。
「そうなんだけどな。でも、ダメなんだそうだ」
スキがないように見えた千坂くんに、人間味を感じた。
きっと現状に妥協してるけど、さみしいんじゃないかな。
「あのさ、俺、防波堤になってる感ないんだけど」
二人きりで仕事をして千坂くんがこれ以上先生にのめり込まないようにって、先生は俺を雇ったんでしょ?
でもさ。
「ふたりさぁ、防波堤乗り越えてるからね」
俺、先生になれなれしくからんだり千坂くんに怒られるようなことばっかしてるけどさ、ふたりは俺にかまいながらも俺の上をすり抜けるようにお互いを想い合ってるから。
絶対そう。
「未来潰されないってちゃんと言ってみなよ」
「それっぽいことは言った。それでも断られた」
なんか悲しそうに千坂くんは返す。
「えぇ、言ってんの? じゃあもっと押してみなよ」
「一回失敗して、奇跡的に今の状態に戻ってるんだ。これ以上は、失敗したくない」
本気で失敗したくないと感じてる、深刻な顔。
現状に満足してないけどギリギリのところまで踏み込んで、セーブしてるんだろう。
俺がこれ以上お節介なコト言っても、千坂くんは動かない。
「そっか、ごめんね。俺もふたりを温かい目で見守るだけにするよ」
両想いなのにくっつかないとかすごいじれったいんだけど、どうにもならなそうだから我慢する。
俺の言葉に、入社してから俺に怒ってばかりだった千坂くんが、わずかに笑った。
「五嶋がいいヤツだって、今わかったよ」
あれ?
今ので俺、いいヤツ判定されたの?
なれなれしくてしつこいとかいう感想ならわかるけど。
「けどさ、チャンスあったら押してみてね」
我慢できずにひとこと付け足すと、
「しつこいぞ」
と、適切な反応が返ってきた。
俺的には千坂くんも先生も好きだから、ふたりに幸せになって欲しい。
先生の気持ちは聞いてないけどきっと先生も、千坂くんが幸せになったら嬉しいはずだ。
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