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第三章・11

「衛、これって……」 「若いうちは、何かと金が要る。必要な事、やりたい事には惜しみなく使った方がいい」  いいよ、何考えてんの、と陽は通帳を衛に突き返した。 「衛はしがない高校教師で! 貧乏だからお嫁さんも来てくれなくて! そしてそして、こんな大きな家を借りちゃったんだから、家計は火の車で!」 「あんまりな言い方だな。安心しろ。若い頃から貯金だけはしておいた。金の使い道も、特になかったからな」 「でも、こんなにたくさん」 「お洒落をしろ。美味いものを食え。劇場に足を運べ。旅行もしろ。若い時にしか感じ取れないものは、たくさんあるんだ」  それに、と衛はさらに加えた。 「花屋になる、ということは、その道を究めるために精進し続けるということだ。練習用の花もいるだろう? 誰より見事な腕前を持つ、花屋になってみろ。いずれ独立するつもりなら、修行にかける金も惜しむな」 「衛……」  あぁ、この人は大人の男なんだ。  陽は、そう改めて感じた。

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