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第11話 危機感

伊坂が送ってきた花。水仙のような形状で、白く可憐な花びらが、甘くエキゾチックな香りを漂わせている。 腹立たしい気持ちもありながら、その花越しに史を見つめると、軽い欲情が沸き上がる。弘海は史から目を逸らし、接客に集中した。 今日は、伊坂が上司らしい初老の男と来ていた。こびへつらう伊坂の様子から、男がかなり上役であることが見て取れた。 史は相変わらず、品のいい微笑みを浮かべて伊坂の横にいた。上司らしい男は史を口説く様子はないが、話は盛り上がっているようだった。 史が席を外し、裏口に回った時、弘海は何気なく自分もその後を追った。 追いかけてきた弘海の顔を見ても、史は前のように笑顔を見せなくなった。無表情でポケットから、煙草とライターを取り出す。 一緒に住んでいても、最近は会話も少なくなっていた。 「・・・今日も伊坂と泊まりか?」 うつむいて煙草に火をつけた史に、裏口のドアに寄りかかって弘海は聞いた。「Lick」に勤め始めた頃は吸わなかった煙草を、史は最近たしなむようになっていた。 白い煙を吐き出し、ちらりと横目で弘海を見て、史はすぐに前を向いた。そして答えた。 「多分ね」 「・・・一昨日も、その前もだったよな」 「お客さんの要望だから」 「・・・たまに断ったって、あいつはまた来るだろ」 「・・・仕事だよ」 「・・・・・」 史は煙草を携帯灰皿に押しつけた。弘海と目を合わせないように、脇をすり抜けようとした。 弘海は史の腕を掴んだ。史は後ろ手に捕まれても、振り向こうとしなかった。 「おい・・・こっち向け」 「なに」 「お前、あのエロジジイのこと好きなのか」 「・・・何言ってんの」 「あいつは危ないからやめろって言ったろ」 「ただのお客さんだよ。好きとか・・・馬鹿馬鹿しい」 「・・・心配してんだよ。何だよその言い方」 「心配?」 史は、急に振り返り、片手で弘海の胸を押し返した。弘海の背中が壁に打ち付けられて、鈍い音がする。下から弘海を睨み上げ、史は低く言った。 「何が心配?俺がちゃんと割り切って仕事してるか?今日弘海のところにちゃんと帰るかどうか?それとも、俺が伊坂さんとベッドでどんなことしてるか気になる?」 「史!」 「聞きたいなら教えてあげるよ。伊坂さんは俺に・・・」 「やめろ!」 弘海は史を無理矢理自分の方に向かせ、力づくで唇を奪った。強く抱きしめた弘海の腕に、史は爪を立ててしがみついた。 唇を離して、弘海の顔を見上げた史は消え入りそうな声で言った。 「・・・キスするぐらいなら、ちゃんと言葉で、行くなって言ってよ」 「史・・・」 史は弘海の身体を押しのけて、早足で店の中に戻った。 その日の夜は、弘海にトラブルが降りかかった。 店になだれ込んできた、既に酒が回った男は、弘海が史に初めて会った夜に店を追い出した、弘海の元の男だった。 男は出迎えたボーイ達を乱暴に蹴散らして、弘海、と大声で叫んだ。 店中の人間の視線が弘海に集まった。 史は、伊坂の隣に座ったまま、弘海のいらついた後ろ姿を見ていた。 虫の居所の悪い弘海は、煙草を灰皿に押しつけ、舌打ちしながら立ち上がった。 「今さら何しに来たのよ、あんた」 ベロベロに酔っぱらったその男は弘海を見つけると、呂律の回らない口で訳のわからないことを言いながら、千鳥足で近づいてきた。身長はほぼ同じだが、その男は弘海よりもひとまわり体格が大きかった。弘海に抱きついた男は、ウエストあたりからTシャツの中に手を入れた。 「やだ、触んないでっ、ちょっと、やめてよ」 かつて弘海が追い出したときには、軽々と足蹴にできたものの、泥酔した男の力は思いの外強かった。 男の手を掴んで振り払おうとしても、執拗なボディタッチはエスカレートするばかりだった。 弘海はいつものように適当な言葉であしらおうとしたが、次第に回りの客がざわめいてきて、仕方なく男をトイレに連れて行った。 ドアを閉めると、瞬時に素に戻って、弘海はドスのきいた声で怒鳴った。 「だから触るなって!もうお前に触られたくねーんだって!」 「ひろみぃ・・・」 怒鳴りつけられても、男はものともしなかった。さらに弘海の身体を撫でさすりながら、男はキスしようと顔を近づけて来た。 トイレの壁に弘海の身体を押しつけ、自分の身体を擦りつけて男は弘海の唇を奪い、舌を割り込んだ。 「んう・・・っ・・」 男の顔を押し返そうとするが、びくともしない。 唇を吸われたまま、男の手がTシャツの中で弘海の胸まで上がってきた。 弘海は乳首を弄ばれて、意に反して声が出た。 「・・・う・・っ・・・」 その声を聞いて、男がヒートアップする。Tシャツを顔の下までたくし上げ、男は弘海の乳首にむしゃぶりついた。びくっと、弘海の身体が震える。 「お前・・何してくれてんだ・・っ・・やめろって・・・」 必死に抵抗するうちに、男の手が弘海のデニムのファスナーを下ろそうと伸びてきた。弘海の背中を鳥肌が覆う。 「・・ざけんな・・・てめえっ・・・っ」 もがけばもがくほど、男は力づくで弘海の服を脱がせようとする。弘海は、男の肩に噛みついた。痛みに怯んだ隙にすりぬけようとしたが、逆に男の膝蹴りにあい、弘海はトイレの床に崩れ落ちた。 なんでにげるんだよお、と酒臭い息が耳に吹きかけられた直後、男が覆い被さるように弘海に跨がってきた。今度こそ無理矢理にデニムを膝まで脱がされ、弘海の足の間に男が顔を埋めた。 「うあ・・っ・・・」 男に咥えこまれ、弘海は背中に悪寒が走った。その時。 ゴッ、という鈍い音がして、同時に弘海の身体の上に、気を失った男がどさりと落ちてきた。 弘海が見上げたそこには、トイレ用のモップの柄を両手で握りしめ、息も荒く仁王立ちしている史がいた。

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