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第13話 デート

「史・・・ちょっと、出かけないか」 「Lick」の定休日、弘海は再び、史を誘った。 しかし今度は買い物ではなく、どこか行きたいところはないか、と言って誘ったのだ。 「なんかデートみたい」 「今までそれらしいこと、したことなかったからな・・・」 「そうだ、弘海、新しく出来たカフェ行きたい」 「カフェぇ?男二人でか」 「いいじゃん、行こう?」 「しょーがねーな・・・」 弘海の気持ちを汲み取ってか、史は不自然なほど明るかった。 カフェでコーヒーを飲み、ポップコーンを抱えて映画を見た。史は照れる弘海の腕に絡みついて歩いた。夕食も済ませて、車に戻る途中、史が弘海の腕を強く引っ張った。 「今度は何だよ?」 「あれ・・・」 史が指を指したショーウインドーを見て、弘海の心臓がどくんと大きく打った。固まる弘海の横で、史は少し哀しげな声で呟いた。 「・・・ああいうの、憧れる・・・」 史は、立ち止まった弘海の顔を見ないで、ごめん、なんでもないと言った。 しかし次の瞬間、弘海が、史の腕を掴んだ。 そしてそのショーウインドーの店に、早足で入った。 女性の店員がひきつった笑顔で、何種類かの指輪を並べた。それらはトレーの上で、きらきらと照明を反射して輝いていた。店員はちらりと弘海と史を確認するように見ながら、こちらはペアリングになりますが、と言った。 弘海は、史の腰をぐいと自分の身体に引き寄せた。 「知ってるよ」 店員の顔を見ながら、弘海は史にぎりぎりまで顔を近づけた。そして、様子を伺っている回りの客にも聞こえるように、はっきりと言った。 「どれにする、史」 目の前の店員は両手で口を覆って、赤い顔をしていた。 史は驚いた顔で、目の前に並んだいくつものリングと、弘海の顔を見比べた。史の身体を抱いた弘海の腕は、強く、熱かった。 史は、一番シンプルなプラチナのリングを、少し恥ずかしそうに指した。 「ありがとうございましたー」 好奇に満ちた視線の中で、弘海はペアリングを買い、その場で史の左手の薬指にはめた。そして史の腰を抱いて店を出て、店内からよく見えるショーウインドーの前で軽くキスをした。 「あの店員、ひきつってたな」 「わざとやったくせに・・・やりすぎだよ」 「オネエでがっつり絡んでやろうかとも思ったんだけどな~」 「それ・・・おもしろかったかもね」 「だろ?今度どこかでやってみるか」 「・・・弘海」 「ん?」 「・・・ありがとう」 「・・・ん」 車は込み合う通りを抜けて、アパートに向かった。 史はそっと、薬指にはめられたリングを撫でた。隣でハンドルを握る弘海の左手にも、同じリングが輝いている。 史は急に、窓の外に顔を向けた。そして、そのまましばらく動かなかった。 「・・・史?」 弘海の問いかけに、史は答えなかった。 寝たか、と弘海はつぶやいて、フロントガラスに視線を戻した。 車のサイドガラスに映り込んだ史の閉じられた瞼から、涙がひとすじ、こぼれ落ちた。 「ママを辞める?」 「そうなのよ~」 理玖は笑いながら、史の肩をぽんぽんと叩いた。 「あたしの後釜は、弘海にお願いしようと思ってるの。史・・・あんた、手伝ってやってくれない?」 「俺が・・・?」 「弘海と一緒にいたいんでしょ」 「・・・うん」 「何か気になることあるの?例の・・・スカウトのこと?」 「それもそうだけど・・・俺・・・」 怖いんだ、と、左手の指輪を触りながら史は呟いた。 「この間みたいに・・・弘海に触る人がまた現れたら・・・俺、今度こそ殺してしまうかもしれない。弘海が止めなかったら、俺、あの時もっと殴ってた」 「史・・・」 「それだけじゃない・・・弘海のお客さんや、友達や、従業員も・・・冷静に見ることが出来なくなってきてて・・・一緒に働きたいけど、こんなんじゃみんなにも迷惑かけそうだし・・・」 「それは弘海も一緒でしょ。あいつもかなり我慢してるわよ」 「わかってる。でも弘海は大人だから・・・俺は割り切った振りをしてみたけど、何にも割り切れてなかった。お客さんと寝るのだって・・・弘海に、妬いてほしいから・・・弘海にやめろって言ってほしくて・・・」 理玖はうつむいたまま話し続ける史の顔を、やさしく上向かせた。 「そんな状態だったのね。あんた、顔に出さないから気づかなかったわ。確かに水商売には向かないわね」 「せっかく雇ってもらったのに・・・ごめん」 「いいのよ。弘海の言うとおり、あんた、こっち側の人間じゃなかったってこと。ちょうどマトモな仕事の話も来たところだし、一度立ち止まってみるのも大切よ」 理玖は微笑んでいた。申し訳なさそうに、史はもう一度うつむいた。 「それで、これからどうするの。弘海とは・・・」 「・・・わからない。離れたくないけど・・・」 「それ、弘海にもらったんでしょ」 理玖は左手の指輪を指した。こくりとうなづいて、史も左手を見た。 「長いつきあいだけど、そんなロマンチックなことする男だとは思わなかったわ。本気であんたを愛しちゃったのねえ・・・」 「そうかな・・・」 「だって、プロポーズでしょ、それ。一生俺の側に居てくれとか、言われたんじゃないの?」 「・・・・何も言われてない・・・」 「はあ?!何それ、ホントにムードのない男ね・・・買い与えただけ?」 理玖は急に大きな声を出して、立ち上がった。驚く史の前を大股で歩いて、隣に続くSTAFF・ONLYと書かれたドアを勢いよく開けた。 こちら側に開いたドアから、バランスを崩した弘海が転がるように入ってきた。史は、弘海が顔を赤く染めているのを、初めて見た。 「こそこそ聞いてないで、直接言ってやりなさいよっ!・・・ったく、どっちもウジウジしていつまでも進まないったらありゃしない!」 「こ・・・こそこそじゃねえよっ!入るタイミングが無かっただけで・・・」 「黙らっしゃい!このヘタレが!ちゃんと言うまでここから出さないわよ!」 理玖は弘海を史に向かってどん!と押しやり、ドアを閉めた。閉める直前に、史にウインクを残して。 向こう側から鍵の閉まる音と、理玖の鼻歌が聞こえた。

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