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始まりの予感─1─

 衣替えの時期になった。まだ長袖を着ている生徒と、すでに半袖で夏を迎える準備をしている生徒で廊下は溢れ返っている。僕は借りていた本を返すため、図書室に向かって歩いていた。窓から見える青々とした葉を眺めていると、前から聞き覚えのある声が飛んできた。視線をやると真嶋葵が複数の友達に囲まれて笑っているのが見えた。  真嶋はもう半袖で、そこから伸びる腕は僕よりたくましく、相変わらず太陽みたいな顔で笑っている。肩を叩き合ったりお腹を抱えて大笑いしたりしている姿は自分とは無縁の光景に思えた。  気付かれないよう、そっと通り過ぎていこう。  そう心に決めて廊下の端を俯いて歩いていると、「黒澤!」と呼ばれた。反射的に顔を上げる。真嶋が僕に向かって手を振っていた。 「なあ、お前、ID教えたのに連絡くれないじゃん。無視されてるみたいで寂しかったんだけど」  そう言われて、あの日手のひらに書かれたIDの存在を思い出す。彼は集団から抜けて僕の前に立つと頬を膨らませた。 「あ、いや、無視していたわけじゃなくて…。えっと…」

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