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二人の恋人 その3
そんなことを願ってしまった所為かどうかはわからないけど、裕司とユウジと僕は仲良く(?)3人で暮らしている。
裕司は靖南組の若頭となり、それに合わせてもっとセキュリティのしっかりしたマンションに引っ越した。
そのマンションはすごく広くて、裕司と僕は寝室以外に一部屋ずつ持つことができて、それ以外に広い客室もあり、そこに部屋住みの新人が二人住むことになった。
部屋住みは結構入れ替わりがあり、長くいる人もあれば半年で出て行く人もいた。
僕ももうその頃には、続けていたバイトは辞めさせられた。
若頭の愛人という事で、いつ何に巻き込まれるかわからないからだ。
外出なども1人で出かけられないわけじゃないが、断らない限り、部屋住みの誰かがついてくる。
申し訳ないなと思わなくもなかったが、これもこいつらの仕事だからと裕司に言われて、僕もだんだん慣れて行った。
買い物なら荷物持ち、遠出なら運転手。あらゆる雑用を彼らはこなしながら、裕司についてヤクザたるものみたいなことを叩きこまれて行く。
意味なく殴るようなことを裕司はしなかったけれども、何かヘマをして歯が折れるほど殴られた部屋住みもいた。殴られて逃げ出したのもいた。
それでも、裕司は根気よく彼らに接し、暴れたいだけの連中を上手く手懐けていったと思う。
僕はその傍らで、部屋住みの新人たちと一緒に生活して、料理の仕方や掃除の仕方、何と中学校も卒業していないという人もいたので勉強を教えたりもした。
そんな生活の中でも、常にユウジは僕の側に居る。
ぺったりくっついてる時もあれば、近くのソファに座って僕が掃除してるのを見てたり、食事の支度をするのを見てたりする。
もちろん、ユウジの姿は部屋住みの新人たちには見えない。
僕もユウジが居てもいないふりをするのが随分うまくなった。
ユウジも人目がある時は僕に無視されても気にならないようだったが、それでも二人きりになるとちょっと意地悪されたりした。
今日は裕司が夜中まで戻ってこないので、食事の後に本でも読もうと部屋に戻った途端に壁に押し止められた。
「壁ドン……」
ちょっともう古いかなと思ったけど、それでも好きな男の腕に閉じ込められて、ぐっと顔を寄せられるとドキッとする。
『俺以外の顔見て笑うなよ』
「無愛想にするわけにいかないでしょ。裕司の部下なんだし、一緒に暮らしてるんだから」
『わかってても、気に入らねェ。お前は俺のモンだろう?』
裕司からは絶対に聞けない、ユウジの言葉。
でも、それは裕司が言いたくても言えないでいる本音でもあった。
「バカだな、ユウジ」
僕はユウジの頭を撫でて言った。
少し剛毛でしっとりと手触り良い毛質も裕司と同じ。
裕司より少し子供っぽいのは、裕司の心の中が全部出ちゃってるから。
裕司のとって、ヤクザになって、若頭になって、僕という恋人の前で男として、少し隠したい部分。
そのままで良いよとは言わない。裕司にはきっと必要な事。
でも、僕にまで隠しちゃうのは少し寂しい。だから、ユウジが素直に言ってくれるのが嬉しい。
「好きって言うのはユウジだけだよ」
ちょっと伸び上がってキスすると、もっと深く返される。
しっかり舌まで入れられて、はなれた時には唇が熱っぽかった。
「もう……だめ」
これ以上、キスしちゃうとまた裕司が帰ってくる前に盛り上がってしまうので、腕から逃れようとユウジの胸を軽く押したら、ユウジが胸を押さえてしゃがみ込んでしまった。
『痛ッ……』
「え、どうしたの?」
『裕司がヤバいな』
「ええっ!」
ユウジは顔を顰めて肩を押さえている。胸かと思ったが、どうやらそのあたりに痛みを感じるようだ。
「何があったの!?」
『わからねぇ、急に痛みが……』
痛みを感じているという事は、裕司が同じ場所に怪我をしているという事。
右肩か、右胸か、いずれにしろ、裕司が怪我を追っているというだけで一大事だ。
「どこ! 裕司はどこに居るの!?」
『飯島に車出させろ、案内する。小柳も連れて……』
飯島と小柳は今このマンションに居る部屋住みだ。
「わかったっ」
僕は部屋を飛び出し、部屋住みの二人の部屋に飛び込むと、すぐに車を出すように言った。
「小柳も一緒に来て、先に車に行ってて! 僕もすぐに行く」
そう言ってから二人を先に車に行かせ、僕は台所へ行って引き出しから包丁を取り出した。
(裕司に怪我をさせた奴がそこに居たら、絶対に許さない!)
僕は包丁をバスタオルで包むとそのまま持ってマンションの地下の駐車場へ向かった。
車まで来て、いつもの様に運転席に飯島、助手席に小柳が座ってるのを見て、僕は後部座席に乗り込む。
「志信さん、どうなさったんですか?」
「裕司が、裕司が怪我したっ!」
「えっ!?」
「どこですかっ!?」
「案内するから車出して!」
発進した車の僕の隣には少し顔色の悪いユウジがぐったりと座っている。
ユウジは道の角が来る度に、右、左と指さすので、僕はそのままそれを運転手の飯島に伝えた。
飯島も小柳も無言で僕の言葉を聞いている。
『その信号で止まって、路地をまっすぐ奥に入った店の前だ』
「わかった!」
ユウジの声が聞こえない二人は、僕がいきなり声を上げたのでギョッとした顔でこっちを見たが、僕はそのまま車を止めさせた。
「この奥の店っ!」
僕はそれだけ言うと、バスタオルにくるんだ包丁を握り締めて車から飛び降りる。
「裕司ぃっ!!」
路地は左右に軒を連ねる飲み屋目当ての人間でごった返していたが、明らかに異質な悲鳴が奥から聞こえてきた。
僕は裕司の名を呼びながら、人の壁の中へ飛び込む。
人の壁を抜けると、ぽっかりと空間が開いており、そこにナイフを持った若い男と裕司の姿が見えた。
ユウジの白い麻のジャケットの肩には赤い染みが出来ている。
「こいつっ……」
僕は持っていた包丁からバスタオルをはぎ取り、包丁を構えて裕司の前に立ちふさがった。
「志信っ!?」
「裕司に傷つけたのはお前かっ!」
僕は目の前の男に吠え掛かる。
「ひぃっ!」
明らかに男の持つナイフより刃渡りのある包丁を見て、男はひるんだ。
僕はお腹の前で片手で柄を握り、もう片手で柄の尻を抑えるように構えると、男の方へ身体ごと突っ込もうとする。
「待てっ」
一歩踏み出そうとしたところで、背後から力強い腕に抱きしめられた。
「放して! 僕がっ!」
「いーから、落ち着け」
「裕司!」
じたばたしてると僕が走ってきた方から怒声が聞こえてきた。
「若頭っ」
小柳が人込みを押しのけ駆けつけると、男の背後の方からもいつも裕司についている男二人が駆けて来た。
「おう。そのガキ、とっ捕まえてちょっと説教してやれ」
裕司は駆けつけてきた男たちに指示する。
男は人数差に諦めたのか、ナイフを落として、ぺたんとその場に座り込んでいた。
「俺は、こいつと先に帰る。小柳、飯島は車か?」
「はいっ!」
「じゃあ、お前はこいつらと一緒にガキ〆たら戻れ」
「はいっ、わかりました」
男を取り押さえながら、小柳は裕司にぺこっとお辞儀をして見送る。
裕司が僕を抱きかかえたまま歩き始めたので、人込みが再びざっと横に割れた。
その間を悠々とした態度で通り抜け、表通りが見えたあたりで僕は解放された。
「おい、車は表通りか?」
「そうだけど……って、裕司、怪我っ!? 怪我は?」
「あ? チビたナイフで掠っただけだ。うち帰って風呂にでもはいりゃ問題ねぇ」
「あるよっ! ばかっ! すごい、すごい心配したのに!」
僕は肩の傷に触らないように、ぎゅうっと裕司の胸に抱き着いた。
「心配って……お前なんで俺が怪我してるのわかったんだ? しかも、あの包丁、家から持ってきたな」
「不安になったの! すごく!」
まさか、ユウジが教えてくれたとは言えず、僕は嫌な予感がしたで押し通した。
僕はユウジのことを裕司に教えるつもりはなかった。
何かわけがあって分かれて、訳があって互いに見えないはず。
それに見えない生霊を信じろと言っても、超絶リアリストの裕司がそれを信じるとは思えない。
僕だって、目の前にユウジが居なきゃ信じられなかったから。
「虫の知らせって奴か? お前はそんなに勘が良かったとはな」
「裕司のこと心配してるからだよ! いつだって、裕司の事、考えてるからだよ……」
車に戻り、先に乗り込んだ裕司に続いて僕もその隣に座る。
座った途端に裕司に肩を抱き寄せられ、胸に頭をもたれたら、少し鉄臭いにおいがした。
「肩の傷、帰ったらちゃんと見せてね。酷かったら病院に行ってね」
「お前が綺麗に洗ってくれりゃいいよ」
裕司は痛みにすごく強いから、大丈夫を信じてひどくなっちゃうのが怖い。
きちんと傷を見て、病院へ連れて行くのも僕の役目だ。
じっと胸に頭を当てていると、緊張が少しほぐれたのか涙がにじむ。
こんなことで泣いてたらやってられないのだけど、それでも、裕司が無事で良かった。
ぐすっと啜り上げた僕の肩と頭を、裕司はギュッと抱き寄せてくれる。
「お前も、あんま、無茶すんなよ」
裕司が僕の髪に唇をつけてそっと囁く。
心配するのはお互い様。
お互い大事に思ってるから、お互いに心配。
そんな気持ちを確かめ合って、このお話はおしまいになるはずだったのに、何だか変な尾ひれがついてしまった。
事の結末は、巡回で立ち寄った店で裕司が知り合いと立ち話になり、御付の人たちにお金を持って先に車に行かせたところ、店から出たらいきなりあの刃物男に切りつけられたのだという。
刃物男はその店の女の子のストーカーで、元締めを殺せば女の子が自由になれると何故か思い込み犯行に至ったという事だった。
実際は裕司は店のオーナーなのだけど、裕司を殺して店が潰れても、女の子は別の店で稼ぐだけだと思うし、女の子が自由になってもヤクザの若頭を刺した男が無事でいられるはずがない。
裕司を刺した男も同様で、無事ではいないと思う。
傷は軽かったし、僕が洗って消毒しただけで本当に治っちゃったけど、裕司は男のその後は一切気にしていない。それは逆恨みや仕返しの心配がない状態に刃物男はされているという事で……あんまりいろいろは考えたくないかな。
まあ、そんな感じで騒ぎは納まったのだけど、収まらなかったのが裕司の組の人たちだった。
「迷わず男の盾になるとは見上げた奴だ」
男の一大事に、何を置いても駆けつけ、その男の盾になるため飛び出したという僕の武勇伝(?)は何だか知らないうちにいろんなところに広まっていた。
「出刃包丁握り締めて、若頭の前に飛び出した志信さんの勇ましかったこと」
現場を見ていた小柳は尾ひれを付けまくりで本家でも吹聴して回ったらしく、見ててテメェが飛び出さなかったのはどういう事だと裕司にド突かれていた。
とにかく「身体を張って男を守った愛人」というのはヤクザファンタジーの琴線に触るらしくて、僕の評価はドカンと上がった。
ついこの間まで、オカマ野郎なんて言ってたのにね。
『上がった評価は上げておけ。それで悪い事は何もない』
ユウジもそんなことを言う。
元々、裕司が部屋住みの頃から知ってる幹部の人たちは、僕が裕司が懲役の間もずっと面会に行って支え続けていたことを知っているので、男の愛人が裕司に居ることに対して風当たりは強くなかったのだけど、若い人たちには男の愛人がついている事はあまり良く映ってはなかった。
裕司のところに部屋住みできた人に嫌がらせみたいなことをされたこともあるし、逆に好かれ過ぎてストーカーみたいになられたこともあった。
その度に、裕司は周囲を説得し、わからない奴は殴り飛ばしと、僕と一緒に居るために色々骨を折ってくれたんだ。
それが報われるなら、ちょっと恥ずかしいくらい幾らでも我慢できる。
『無駄なことに気を遣わなくて済む様になって良かったろ?』
「んー、まあ、そうなんだけど……」
それでもユウジが居なきゃ駆けつけることも出来なかったのに。
『いいんだよ、お前は俺の心配だけしてろ』
ユウジが僕の頭を抱えるように抱きしめて言った。
ユウジは裕司と同じだけあって、こういう仕草も同じ。
裕司は大切なことは全部僕を抱きしめて言う。
「わかった。すごく心配してるからね」
『ああ……』
短い返事だけだけど、ユウジからも裕司からも大切なことはちゃんと伝わってるから。
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