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Ⅰ 初恋のつづき⑨
ね……尋斗さん。
「逃がさない」
「あっ」
抵抗する間もなく、晴君の腕の中に引きずり込まれてしまう。
「そう言ったでしょ」
背中で体温がトクトク響いている。
晴君の心音だ。
「怖がらないでください。俺、尋斗さんの嫌がる事はしませんから」
大きな手がゆっくり、髪を梳いた。
「本気で抵抗しないのは、嫌じゃないから。……そうでしょ」
「ちがう」
「お口だけは頑張って、可愛いですよ」
「そうじゃない」
体躯では晴君が勝っているとはいえ、俺だって成人男子だ。この腕を振り払う事くらいできる。
なのに……
それが、できないのは……
(さっき)
小指がほどけた時の君の寂しげな横顔がちらついて……
瞼の裏から離れないんだ。
一線を越えてはならない。
君は三樹の息子だ。
「理性はドロドロに溶かしてあげる」
唇が耳朶を食んだ。
「俺のΩにしてあげます」
なに言って。
「俺はαだ」
「αのあなたはおしまいだって伝えましたよ。俺に抱かれるあなたは、最愛の番です。俺だけのΩになるんですよ」
吐息が髪にキスをした。
「αのプライドも、理性ごと溶かしてあげます」
「晴君!」
肩を抱く腕を払う。
逃げないよ。俺は。
伝えなくてはいけない。
ちゃんと、しっかり。
「君の番にはならない」
琥珀を濃くした瞳に伝える。
「俺は、君に抱かれない」
「父のことが好きだから……ですか」
「そんな事は言っていない。君のお父さんと俺は、高校からの親友」
「言ってましたよ」
琥珀が揺れた。
「寝言で父の名前、呼んでましたよ」
俺が、三樹を………
俺はまだ、三樹のことを………
「………やっぱり、そうなんですね」
琥珀が真冬の湖面に映る月のように。
冷冽な光が射貫いた。
「やっぱり……って、晴君」
「どんな顔をしているか、自覚がありますか」
喉を微かに引っ掻いた指が顎を持ち上げる。
「そんな顔されたら嫉妬しますよ」
「いつから、知って」
「ずっと前から。尋斗さんが父の事を話す時はいつも嬉しそうで、でも切ない目をしてるから」
小さなこどもだって気づいてしまう。
分かりやすいあなただから……
あなたに惹かれました。
あなたは裏表のない、純真な人だから……
「あなたを暴きたい」
ねぇ、尋斗さん。
「俺にしか見せないあなたを見せて」
うなじに赤い花びらが散った。
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