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第31話 ハーブの館

『Moon harp green 漢方(ハーブ)館』と書いてある小さな看板と未差にもらったカードを見比べてから、植物がたくさん植えられた庭を通りドアをノックする。  しばらく待ったが返事がなく、実玖はドアをあけて「こんにちは」と声をかけた。 「いらっしゃいませ」  ものすごく小さい声だった。編み物をする手を止めず、チラッとメガネの隙間から視線を実玖に向けたのは、肩につくかつかないくらいのボブヘア、薄いピンク色の髪の女性だった。  編み物を続けながら実玖の方を見ている。 「わたくし、家政ふ紹介所の未差さんに紹介していただいたものです。こちらで……その……」 「あー、ヒゲの人ね。どうぞこちらへ。クスッ」  小さな声のその人は編みかけの糸を籠に入れ、カーテンを開けて横の部屋へ入っていった。  後について行って目に入ったのは、天井から吊るされた沢山の植物だ。数本ずつ束にしてあるそれは花がついていたり、葉だけだったり、丸い実の付いたものもある。  自然の草の香りや花の香りが実玖を草むらの中にいる気持ちにさせた。 『自然の力で健康に』 『オーダーメイドサプリ  お疲れのあなた  お肌が気になるあなた  不眠、肩こり、冷え  頭痛、めまい、夜の生活  食欲不振、ぽっこりお腹など』  実玖は壁に貼ってあるポップの言葉を一つ一つ目にして、『夜の生活』ってなんだろうと疑問に思った。 「どうぞ、ここに座って」  一人がけの柔らかいソファに腰掛けると背もたれがリクライニングして、天井の草花が降ってくるように見える。  トコトコと部屋の中を歩き回るその女性は人形のようだ。 「ここはどんなお店なんですか?」  部屋にはマス目のように沢山ある引き出しやガラスの扉の戸棚、茶色い本が詰まった本棚、木の机、大きな瓶など、伍塁の家とは違う古いものが並んでいる。 「そうねぇ。簡単に言えば植物を使って体の不調をやわらげたり、気分転換のお手伝いをするところかな」 「未差さんは、『ハーブさん』と呼んでいたのですが、わたくしもそのように呼べばよろしいのでしょうか」  元クマだという女性は実玖の半分くらいじゃないかと思うくらい背が小さくて、フリルの着いたエプロンの下は、大小のレースがたっぷり縫い付けられた小花柄のワンピースを着ている。  ハーブと呼ばれる女性の雰囲気と、沢山ある植物に囲まれている部屋と相まって、不思議の国に来たようだと、実玖は思った。 「そうね、みんないつの間にかそう呼ぶのよ。だから本当の名前は秘密。クスッ」  ハーブはひざ掛けを実玖の膝にかけてから、あちこち歩き回って何かを手に取りテーブルに集めている。  たくさんある引き出しの中から茶色いものを取り出したり、天井に吊ってある植物を踏み台と長い棒を使って器用に取ったり、戸棚から鉢を取り出したり。 「たくさんの草はどのように使うのですか?」 「お茶にしたり、香りをつかったり、サプリにしたり、チンキにしたり、オイルに漬けて石鹸を作ったりいろいろ。クスッ」 「草はハーブさんが育ててるんですか?」 「そうね、ほとんど庭で作ってるけど、山で採ってくるのもあるわ。クスッ」  鉢の中に集めた物をちぎって入れてゴリゴリとすり始めると乾いた香りが部屋の中に広がる。  実玖は部屋の中を見回しながら、興味津々でワクワクし始めたが、ここに来た目的を思い出した。  今から猫ヒゲを抜いてもらわなくてはならない。どうやって抜くのだろうか。痛くないのか聞くのは大人のニンゲンとして、少し恥ずかしい。 「抜いたヒゲはいる?」 「未差さんがお守りにしなさいと言ってました」 「わかった、じゃあキレイに残すね。クスッ」  実玖はマスクを外してポケットに入れ、今から使うであろう何かを作っている様子を眺めた。  瓶の中から液体を垂らし、さらにゴリゴリ擦り続け、ペースト状になった何かを大きな葉に塗りつけている。  その何かが塗られた葉を片手に、もう片方の手で踏み台を運んだ。実玖の頭の横で「よいしょ」と踏み台に乗って微笑む。 「これを貼ってしばらくおくと髭は抜けるし、毛穴も目立たなくなるからね。クスッ」  実玖のヒゲをつまんで根元を包むように深緑色の何かを貼り付け、その上にタオルを重ね 「このままリラックスしましょう」 と言うと、部屋全体が花畑のような青くて甘い匂いに変わる。  ふわふわのソファに吸い込まれるように体の力が抜けて、目を開けている力も抜けてきた。

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