3 / 80

#1-3

男が適当に止めたタクシーに乗り込み、マンションの場所を運転手に告げて。 ぐらぐらする頭を金髪男の肩に預けたまま、たぶん少し眠ったのだろう。男からは仄かに甘い香水の匂いがした。 そこまでは覚えている。 次の記憶はベッドで目覚めるところまでワープしている。 見慣れた自室の天井、LEDの照明が煌々としていて。 数秒ぼんやりした後に、ホテルからタクシーまでの経緯を思い出した。頭痛も吐き気もすっかり消えていることに気づき、ふうっと息を漏らしつつ横を見ると。 隣で男が寝ていた。 ぎょっとして飛び起きる。 ベッドの揺れで目を覚ましたのか、男も小さく唸って身動いだ。チャコールグレーのカバーがかかる俺の枕に、細い金髪が散っている様はあまりにも非現実的だ。 んん、と閉じた唇からくぐもった声。ゆっくりと瞼が持ち上げられ、そこから覗いたのは、透き通った青色の瞳だった。 「……あ、おはよぉ」 男はその目に俺を映すと、驚いた様子もなく言い微笑んだ。 すんなりとした鼻筋、彫りの深い目元。黒子のひとつも見当たらない真っ白な肌。恐ろしく整った顔をしていた。その色彩も造形も、男に東洋以外の血が流れていることを隠していない。 「具合はどお? 鍵が見つからなくてさ、勝手に鞄漁っちゃった」 いいよね? と続けるその唇は緩やかな弧を描いていて、それを見つめる俺はたぶん、酷く間抜けな顔をしていたと思う。 ホテルのエレベーターで鉢合わせただけの見知らぬ白人男、助けてもらったのは覚えているが、しかしなぜ俺のベッドに? はっとして自分の身なりを確認する。上着は消えていたが、シャツどころかジーンズさえ穿きっぱなしの格好は、ホテルを出たときと同じものだ。脱いだり脱がされたりした形跡はない。 ひとまず安堵した俺を知ってか知らずか、金髪男は寝そべったままのんびりこちらを見上げて、 「俺、今日はもう、行くところがないんだ。このまま一晩泊めてくれないかなぁ」 と言った。 枕元に置いたアナログの時計が目に入る。一時二十分。 俺は暫し考えた。 素性の知れない相手ではあるが、助けられたのは事実だ。そして今は真夜中なわけで、つまり、追い出すのは少しばかり気が引ける。 俺が小さく「わかった」と返事をすると、男はふわりと顔を綻ばせた。 警戒心は消えないまでも、その笑顔に毒を抜かれたようになった俺は、シャワーも浴びていなかったことをふと思い出した。 一度意識してしまうと、情事の痕跡が身体じゅうにまとわりついているようで落ち着かない。 初対面の男を一人で放っておくのは些か不安だが、万一盗られたとして困るような物もない。財布と携帯だけは脱衣所に持っていけばいいか……などと考えていた俺は、急に伸びてきた男の手に反応すらできなかった。 ふたつほど瞬いたあとには、俺はベッドの上で組み伏せられ、逆光になった金髪男の顔を呆然と見上げていた。 「お兄さん、ゲイでしょ?」

ともだちにシェアしよう!