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#1-5
「お前、善だろ」
鳴かされすぎてガサガサになった声を背中に投げつける。家主に許可も得ずに煙草をふかしていたマナーのなっていない金髪野郎は、裸の肩越しに振り向いて僅かに目を瞠った。俺は続ける。
「男に迫られたら何でもヤらしてくれるって評判の、英語喋れないガイジン。センセーに枕して単位もらってるって噂もあったよな。卒業後はホストやってるとか聞いたけど、男も女もイケんだ? 儲かってんだろうな、その見た目じゃあさ」
ついさっきまで組み敷かれ好き放題されていた反動だろうか。少し優位に立ったような気分で、挑発的な言葉がするすると口から出てきた。
善。俺にだけ名乗らせて自分は未だ何も明かしていないが、それがこの男の名前のはずだった。
苗字は知らない、というか忘れた。知っていたはずだが。
十年も前のことだし、元々その短い一音節だけを符号のように張り付けられていた存在だった。
一度でも見ていれば忘れようのなさそうな金色の髪は、当時は隠されていたものの。揺さぶられながら見上げているうちに掘り起こされた記憶は、朧げながらそいつの顔かたちをしていた。
男は感情の読めない無表情のまま、黙って俺の言葉を聞いていたが、やがて咥え煙草のまま静かに呟く。
「……橘 千亜貴?」
予想外にフルネームを言い当てられ、俺は内心たじろぐが顔には出さない。男ーー善はひとつ長く紫煙を吐き出すと、ベッドを軋ませてこちらに向き直った。寝そべったままの俺を、口角を上げて見下ろす。
「思い出した。名前は知ってたよ。廊下に貼り出されてたよね、成績上位者。いつも載ってた。特進クラスだっけ、確か」
「……よく覚えてんな」
「ひとの顔とか名前とか、覚えるのは得意なんだ。でもさすがに気づかなかった……話したこともなかったしね」
曖昧に笑う善の表情に、懐かしむような色が滲む。
俺と善は同じ高校で三年間を過ごしていた。
とは言え接点はまるでなく、善が有名人だから一方的に知っていただけだ。
金髪を黒く染めて隠しているという噂があったが、本当だったんだな。どちらにしてもその顔立ちと青い瞳だけで、異邦人だと認識されるには十分だった。
善にまつわる様々な評判のどれもが、彼は同性愛者だという前提に基づいていたように思う。そのどこまでが真実で、どこからが尾鰭だったのか、俺は判断材料をもたない。たった今、自分が善に抱かれたという事実、あるのはそれだけだ。
人差し指と中指で挟んだ煙草を燻らせながら、善は視線を宙に彷徨わせた。美術室の石膏像を思わせる横顔。
「ホストね、やってたこともあったけど……今は違うかな。別に儲かってもいないし、強請ろうとか考えてるなら無駄だよ。俺、なーんにも持ってないし」
そう言えば、今日はもう行くところがない、とか言っていた。普通と呼べる生活をしていないであろうことは容易に窺える。俺は短く息を吐きながら、怠い身体をゆっくり起こす。
「別にそんなこと考えてねえよ。生活困ってねえし……そもそも何て強請ろうってんだ」
高校時代の素性などバラされたところで、こいつには何の痛手もないのだろう。バラす相手だっていない。おおごとになれば俺の方が死活問題だ。ゲイだと隠して暮らしているのだから。
ただ。
「強請る気なんてねえけど、欲しいものは、なくはない」
それなりの所得もあるし、それなりの生活を送れてはいるのだが。俺にはひとつだけ、困っていることがあるのだ。
目線の高さを同じくして、端正な顔に正面から向き合う。善は携帯灰皿に煙草を押しつけ、透き通った青い目でまじまじと見つめ返してきながら俺の言葉を待った。
髪も瞳も真っ黒な俺とは、見た目は正反対かもしれないが、たぶん中身は通じ合える部分がある。そんな思いを唾と一緒に小さく飲み込んで、俺は言った。
「お前とヤりたいときはどうしたらいい?」
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