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#1-8

「あ、っア、あぁっ」 視界が白く明滅し始めて。その向こうに見える、嘘みたいに綺麗な顔が、冷たい炎の点った目で俺を見下ろしている。電気も消さない寝室に俺の浅ましさが浮き彫りにされているようで、背がぞくぞくした。 「ほら、もういいよ。さっさとイけよ」 「んぁ、あッ、……っ!」 挿入されてからは一度も触られていなかった性器の根元を掴まれ、痛みが走るほどの強さで扱かれて、爪先が痙攣する。 頭の中の回線が一本バチン、と切れたみたいに一瞬、思考が飛んで。息が止まる。 腹が精液で濡れる感触で漸く、自身が昇りつめたのを知った。 いつもこうだ。イく、と思う暇もない。善とすると俺は、自分の絶頂すら把握できなくなる。 後孔を満たしていた、まだ達していないものがあっさり引き抜かれた。善は俺の胸の上に跨り直す。 たった今まで腹の中を掻き回していたそれを眼前に突きつけられて、目眩に似たものが脳を揺らした。 善の白い手が、その繊細さとは結びつかないグロテスクな塊を握って、機械的な動きで擦り始める。 「……ッ、零すなよ」 そう言われて、ぬらぬら光る先端から目を離せないまま、ほとんど無意識に俺は唇を開いた。 犬のように伸ばした舌。 やがて熱い飛沫がそこにどろりと注がれる。咽せ返りそうになりながら飲み込む。青臭さに喉奥まで犯されていく。 「満足した?」 残滓を俺の頬で拭うようにしながら、善は薄く笑った。他人事のような声。俺はくらくらして返事もできない。網膜にぼやけた像を結ぶ善の腹のタトゥー。 少ししてから「ふう」と息をつき、俺の上から退いて伸びをするさまは、いかにも「ひと仕事終えた」という雰囲気だ。 いつもならすぐに煙草を喫い始めるところだが、今日は食事前だからだろう、その手が小箱に伸ばされることはなかった。 嵐のような快楽の余韻で、だらしなく脚を開いたまま動けない俺に、枕元のティッシュを箱ごと投げて寄越す。 真っ白いはずの善の頬はまだ仄かに上気して赤みを残しているのに、その表情からはすでに色事の気配が消え失せていた。 「はー、おなかすいた。よし。カレー食べよ」 「……ちょっと、待て、あと五分……」 「えー」 えーじゃない。お前のせいだろ。と言おうものなら千亜貴のせいだよと返されるのはわかっているので黙る。確かに俺のせいだ。欲しくなったら我慢できない俺の性欲のせい。 まだ腹がじくじくと熱い。 善は唇を尖らせつつも、のんびりした仕草で服を着てから、ベッドに腰を下ろした。全裸を晒している俺の脇腹あたりに長い指が触れる。 「千亜貴さ、もっと食べた方がいいよ。細すぎ」 「……食ってもつかねーんだよ」 「アバラ浮いちゃってて怖いし」 「触んな、擽ってえ」 善の両足がベッドの外側でゆらゆらしている。 それを横目に見ながら俺は、手っ取り早く満たされた情欲が、理性の蓑の中に戻っていくのをじっと待っている。 そうして平熱に戻ったら起きあがって服を着て、カレーの鍋を温め直してよそい、善に食わせてやるのだ。 俺たちは恋人じゃない。 だがお互いに求めるものを与えあうことができる。 WIN-WINで、ギブアンドテイクで、対等だ。 悪くないだろ?

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