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#2 インソムニア

埃っぽい事務所の一角で、埃っぽい作業着に身を包んだ男女計九人、朝っぱらから草臥れたような顔で円になる。 「おはようございます。朝礼始めます。金曜日なので週次目標の進捗確認からーー」 しみったれた円の一部になった俺は、軍手をはめた両手を前で組み、向こうの壁際に積み重なった段ボールの山を見るともなく見ている。チーフが淡々と読み上げる数字の羅列を聞き流しつつ、まだ始業すらしていないのに終業時刻へのカウントダウンを始める脳。 「ーーそれと、急なんだけど、今日から中途採用の事務スタッフが一人入ります。十一時に出社してくるので、橘くんの隣のデスク、綺麗にしておいて」 「……え? あ、はい」 唐突に振られて戸惑いながらも返事をした。新入社員? 聞いてねえぞ。 「で、一時からその子と橘くんと僕で軽くミーティングしたいので、時間あけといてほしいんだけど」 「……はあ」 俺よりみっつだかよっつだか年上のチーフは、それだけ言ってさらっと次の題目に移った。 こうやってスケジュールを乱されるのは毎度のことなので慣れているものの、俺は無性に嫌な予感がして、落ち着かない気分で軍手の指先の余ったところを弄くった。 実りの少ない朝礼が終わると、しみったれた九人は各々のデスクや作業場に戻っていく。 俺はひとまず事務作業を一通り進めることにしてデスクへ向かった。昼までにセットアップを二台は済ませるつもりだったが、予定変更だ。 商業ビルの二階に事務所を構えるこの会社は、表向きはパソコンやAV機材のレンタル業者を名乗っている。 それも業態のひとつではあるが、実際のところ、収益の半分以上は中古のPCのネットオークション販売によるものだ。 そちらはレンタル業とは違う社名を名乗っていて、法的にどういう手続きを踏んでいるのか俺は知らない。 法人から仕入れてきた中古PCの中身と外側を整えて、再販できる状態にするのが技術スタッフの主な仕事だ。それに加えてオークションサイトへの出品や落札者とのやりとり、発送といった事務的な業務がいくつかある。 俺は現状そこを取りまとめている、と言えば聞こえはいいが、要は雑務の仕切り役だ。各スタッフに割り振った作業が時間までに終わらなければ俺の責任。 ひとまずは昨日の落札分の処理だ。 オークションサイトの管理画面を開き、一件一件メッセージの送信と、入金状況の確認、入金済みなら発送の準備。コピーとペーストをフル活用しながら、データをエクセルに突っ込んでいく。寝ながらでもできる程度には慣れた仕事だ。 ふと、手が止まる。画面にずらりと並ぶ受信メッセージ、そのうちの一件に意識が引っかかる。 クリックすると、詐欺、粗悪、返金といった単語が目に飛び込んできた。 クレームだ。かなり感情的な文面。 内容は、落札し届いた商品が画像とあまりに違う、状態が悪すぎる、というもの。 よくよく読まなくてもわかる。こんなのは日常茶飯事だからだ。 チーフに対応を確認するまでもない。テキストメモに保存してある文章をそのままコピー。 弊社といたしましては使用に問題ない状態であると判断し、傷の有無なども明記して出品いたしております。 中古品であることや、詳細ページ内に記載の内容をご理解いただいた上での落札をお願いしておりますので、お客様都合での返品・返金にはご対応いたしかねます。 ご了承くださいませ。 誰の言葉なのかわからないそれをペーストし、青いアイコンの「送信」をクリック。馬鹿馬鹿しい仕事だ。送信完了の文字を見ながら、深く短い息を吐く。

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