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#3-6
目が覚めたのはもう正午も近くなってからだった。
善は先に起きたらしい。珍しいなと思いながら、とうに温もりも消えた隣のスペースをぼんやり眺めた。
ヤりすぎで今日も腰が痛いが、相手がほかの男だったらもっと酷いことになっているのは間違いない。善がそのあたりも巧いのは、抱かれる側の経験に基づいているのかもしれなかった。
立てないほどじゃない鈍痛に腰をさすりながら、適当な服を着てリビングへ移動する。
天気があまり良くないらしい。カーテンは開いているのに部屋ははっきりしない明るさで、網戸の向こうに金色の頭が見えた。
善は晴天が得意じゃない。色素の薄い瞳は、あまり強い日光にはダメージを受けてしまうようだ。サングラスも持っているが、天気のよすぎる日は基本的に家から出たがらない。
逆に今日みたいな曇った日には、よくベランダで煙草をふかしていた。
「おなかすいた」
灰皿を手に戻ってきた善は、起床の挨拶をすっ飛ばして俺にそう言った。
「お前のその食欲最優先スタンスはなんなんだ。十代かよ」
「その言葉、千亜貴の性欲にそっくりそのまま返すね」
冷凍庫に一枚だけ残っていた食パンをトースターに突っ込む。マーガリンと蜂蜜の瓶をテーブルに置いてやる。好きに塗って食え、のスタイルだ。善はいつもトーストに滴るほど蜂蜜をかける。
「千亜貴は食べないの?」
「まだ腹減ってねえ」
「ふーん」
どうせ一時間もすれば、腹が減ったとまた善が言い出すに決まっているのだ。考えるのはそれからでいい。俺はポットで湯だけ沸かしてインスタントのコーヒーを飲んだ。今日は何の予定もなかった。
ふと、善が椅子に座ったままで上体を屈めた。床に手を伸ばしなにかを拾い上げる。小さな紙片をちらりと見てから、「なにこれ?」と俺に渡してきた。
手書きの文字を見てあ、と思う。
何日か前、山瀬から受け取ったメモだった。来週二人で飲む店の候補だそうだ。
引っ越してきたばかりの山瀬はまだこのあたりの店には詳しくないが、ネットで気になる店をピックアップしたという。「この中で橘が行きたいとこあったらそこにしようぜ」と言っていた。
確か財布に挟んでおいたのだが、いつの間にか落ちていたらしい。
「別に、なんでもねえよ」
なんとなくごまかすような返事をしながら受け取って、俺はそれを空になったマグカップの下に置いた。
頬杖をついて、俺はまた善の食事風景を眺める。トーストの端から蜂蜜が案の定、細く零れ落ちて善の指を伝った。それを舐めとる赤い舌を見て、ああセックスしてえな、と思った。
一日中セックスしていたい。そういう生き物になりたい。それが許される生き物。
やたら機嫌のよかった善に昨夜、涸れるくらい絞りとられて、出すもんもないのに。
いかれてる。俺は色に狂っている。自覚があるがそこに不安を感じることもない。
別にこのままでいい。
まともな人間とは適度な距離をとって、同じ穴の狢と寝床を分け合うだけ。
そうやって浅瀬に浸かって生きていければそれでいいし、あわよくば、溺れて死ねたらもっといい。
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