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#4-2
オーバーサイズ気味なユニフォームに袖を通した俺を見て、ルルちゃんが大きく頷いた。
「やっぱな。千亜貴、似合うと思ったんだよ。あとで写真撮らせてくれよ」
彼が雇われ店長をしているコンビニ店舗の事務所だ。時刻は深夜零時。俺は今から朝五時まで、初めてコンビニのレジに立つ。
「無地の紺色に似合うもなにもあるかよ」
「いやいや、あるんだって、これが」
ルルちゃんはイメクラ的なプレイが結構好きで、付き合った相手には必ず自分の店のユニフォームを着せ、店長にセクハラされる新人店員、という設定で楽しむらしい。飲みながらその話を聞いたときは、バカだなこいつと死ぬほど笑い倒したものだが、まさか俺が着せられる日が来ようとは。
そもそも俺が頼み込まれて夜勤に入ることになったのも、ルルちゃんの性癖に起因する。
ルルちゃんはかなりの年下好きだ。好みの若い男ばかり採用していたら、いつの間にかバイトのほとんどが男子高校生になってしまって、夜勤を頼める要員がいなくなってしまったそうだ。バカすぎる。
「店番頼むとは言ったけどさ、初心者のお前を一人にはしねえから安心しろよ。俺に仮眠とらせてほしいだけなんだ」
俺にレジの基本操作だけ教えて、ルルちゃんはそう言った。今日は夕方五時から店にいて、明日の昼まで帰れないのだそうだ。
「事務所で寝てっから、なんかあったらすぐ起こしてくれ。遠慮いらねえからな。俺、寝付きも寝起きもかなりいいんだ」
客が来ないあいだは好きに過ごしていいとも言われた。俺はレジカウンターの中で折り畳みの椅子に腰かけ、わざわざレンタルしてきた漫画を開く。
レジの監視カメラにはばっちり映っているはずだが、オーナーとか本部とか、偉い人にばれたりしないのだろうか。まあ、俺は言われた通りにしているだけなので知ったことではない。
駅前という立地のためか、終電以降は客は少なかったが、ゼロではなかった。仕事帰りらしいリーマンや酒の入った若いグループ。それでも一時半以降は店内に誰もいない時間がほとんどで、賑々しい店内BGMだけが延々とループしていた。
入店のメロディが鳴って顔を上げると、少年が一人、早足で入ってきたところだった。
少年、としか言いようがなかった。中学生か、せいぜい高校一年生。制服ではなく、グレーのTシャツに地味なベージュのパンツを穿き、参考書でも入っていそうなサイズの黒いショルダーバッグを斜めに掛けていた。胸の前でバッグの肩紐を両手で握り、俯いている。
一瞬だけ俺と目が合ったあと、さらに角度をつけて下を向き、棚のあいだを脇目もふらずすり抜けていった。
時刻は二時をまわっている。中高生が出歩くには適切とは言いがたい時間帯だ。ルルちゃんに言ったほうがいいんだろうかーーと考えはしたが、あまりそうする気はなかった。
子供にだってそれぞれいろんな事情があるだろうし、俺には関係ない。漫画本を置いて立ち上がり、少年の行動を注視するにとどめるつもりだった。
少年が一目散に向かったのは日用品の奥、衛生用品なんかが並んでいる棚だ。ピタッと立ち止まり、棚の下のほうを見ていたかと思うと、しゃがみこんで手を伸ばした。
商品を掴むとき、その目は手元を避けているようだった。
立ち上がってやはり早足でレジへとやってくる。俺のほうへ。
左手はショルダーバッグの肩紐を握りしめている。右手に持っていた箱をレジカウンターに投げ出すと、その手もまた胸の前へと戻された。そこがあるべき位置のように、ナイロン製の黒いバッグの肩紐を握った。
俺はコンドームの箱を手にし、ひっくり返してバーコードをスキャンした。少年は顔を伏せたまま、俺が金額を読み上げるのを聞いてからショルダーバッグを開け、財布を取り出した。
目隠しの紙袋に入れてやるべきだろうかと思ったが、俺は紙袋がどこにあるのかを知らなかった。小さいサイズのビニール袋に入れたコンドームと小銭を受け取ると、少年は足早に店を出ていった。
一度も顔を上げることはなかった。
店の外で、同じ年代の少年が数人、にやにやした顔で彼を待ち受けていた。
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