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#4-4
また来てる、と山瀬がうんざり言った。
モニターにはオークションサイトの管理画面が開かれている。落札者との取引メッセージが二十件ずつ表示され、その上から三番目か四番目あたりにそれはあった。
送信者は十日ほど前にノートパソコンを落札したユーザーだ。入金、発送まではスムーズに進んでいた。落札から三日後には配達完了の確認もとれた。
最初は「付属品が足りない」という連絡だった。クレームというよりは問い合わせに近い内容で、文面の口調も落ち着いていた。
出品ページを確認すると、落札者が不足を主張しているのは、最初から同梱品に含まれていないものだった。そう返答したところ、今度は「ボディに傷がある」と言ってきた。写真を撮って送るよう求めたら、それには応じないまま、さらに別の箇所にクレームをつけてきた。
液晶が割れている、キーが外れかかっている、内部が埃まみれ、バッテリーの劣化が酷い、アダプターが合わない、起動が遅い――向こうからの連絡にこちらが返答するたび、新たなクレームが追加になったメッセージが返ってくる。雪だるま式だ。
文面はどんどん荒くなり、返品させろ、金を返せと繰り返すが、こちらからのメッセージは読んでいるんだかいないんだか。
そんなやりとりを続けているうちに、今日で受け取りから一週間のリミットだ。こちらのミスであれば一週間は返品を受け付けるが、それ以降は応じない、と商品ページにもアカウントのプロフィールにも明記してある。
「警察がどうとか、弁護士がどうとか言ってきてるけど」山瀬は眉を顰めている。「なんて返事すればいいデスか?」
常套句なんだよ、と俺は答えた。
「法的措置をとる、とか言うだけ言うけど、絶対に実行はしないから気にしなくていい。一定数……というか、結構な数、いるんだ。こういう奴って」
「こういう奴」
「話が通じねえんだよ。会話にならねえの。写真送ってくれりゃ対応しますよって、こっちは何度も言ってんのに」
相次ぐクレームは、こちらが誤って未整備品やジャンク品を送ったのでもなければありえない内容だ。恐らく出品者のせいにして返品したいだけのケースであり、まともに取り合うだけ時間の無駄だが、無視することもできない。
俺は隣のデスクから手を伸ばして、山瀬のパソコンのキーボードを叩いた。
こういう相手には下手に出てはいけない。日本人はすぐすみませんと言いがちだが、謝罪ととれる言葉は絶対に遣ってはいけない。
こちらに落ち度があったことが確認できれば返品対応します、本日中に確認できなければそこであなたとのやりとりは終了です、以後一切の対応はしません。
ざっくり言えばそんな内容の文面を、テキストメモに打ち込んでいく。これを叩き台にして送っておいてくれ、と山瀬に伝える。
「たぶん、また同じような感じで返ってくると思うけど……どっちにしても今日で終わりだから。あとちょっとだけ我慢してくれ」
わかった、と頷く山瀬はどこか草臥れた雰囲気があった。入社初日にこの事務所で解像度違いのコラ画像のように浮いていたあの爽やかさは、すっかり薄れつつある。
「気にしなくていいからな」と俺はもう一度言った。「こっちはちゃんと対応してるし、たぶん商品にも問題なんかないんだ。ヤバい奴が多いんだよ、こういうオークションサイトにはさ」
山瀬はそこで初めて俺の顔を見ると、眉を下げて力なく笑った。「身も蓋もないこと言ってんな、橘センパイ」
俺が入社した当時、ここはまだもっと小さい会社で、従業員も今より少なかった。
チーフから取引対応の業務を引き継いでしばらく、俺はストレスでろくに昼を食えなかった、食っても大概吐いた。顔も知らない相手から液晶越しに突きつけられる罵詈雑言が俺のメンタルを削った。
だが三、四ヶ月も経ったら慣れた。彼らの言葉は俺という個人に向けられたものではないし、俺は俺の生活のために仕事をしているだけだ。そう開き直れるようになってからは平気になった。
平気になれずに辞めていったり突然消えたりした奴を何人も見てきたけれど。
というか、誰も居ついてくれなかったから、ずっと俺がこの業務を受け持っていたわけなのだけれど。
「これでいいかな」と、山瀬が俺のテキストメモをベースに書き上げた取引メッセージを見せてくる。ざっと読んでゴーを出した。俺は山瀬が突然消えてしまわないことを祈った。
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