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#4-5
善がその夜買って帰ってきたのはコンビニスイーツ二種だった。ティラミスとモンブラン。
甘いものを食いたい気分では全然なかったけれど、俺がどちらか選ばないうちは善も食わないのを知っているから、モンブランを選んだ。そっちのほうが蓋に書いてある値段が少し安かったから。
「千亜貴、もう三日もヤってないけど、大丈夫? 今日はする?」
プラスチックのスプーンでティラミスを掬いながら善が言う。ソファに並んで座り、俺はスポーツニュースを流し見ていた。
「いや……今日はいい」
そう答えると善は俺のほうを向いて首を傾げてみせた。透明な小さいスプーンをくわえたまま、きょとんとした顔をしている。
「おなかの調子でも悪いの? あ……まさか裂けた?」
かわいこぶってんじゃねえ、とはたき倒したくなるようなあざとい顔で、縁起でもないことを言った。「ちっげえよ」俺は唇を曲げる。
「なんか気分じゃねえってだけ」
「気分じゃない? 千亜貴がぁ?」
「俺をなんだと思ってんだよ」
「ドMの絶倫性欲魔人」
うるせえな。否定はしねえよ。
善とのセックスの頻度は、平均をとれば週五くらいだと思う。しない日のほうが少ない。むしろ二日我慢していることを褒められたい。セックスは善にとって仕事みたいなもんなのだろう、と思っているからだ。
善にそれを言ったことはないが、ホワイトな雇用主として讃えてくれてもいいと思う。
善をうちに住ませ始めて五ヶ月余り。三日も突っ込まれてないというのは、確かに由々しき事態ではある。善が疑問をもつのも当然だ。
だいたい、善と出会う前は、俺のセックス依存はここまでじゃなかった。
そう言っても善は信じないけれど。
週に一、二回もできればじゅうぶんだった。連続してハズレの相手に当たったときなんかはその限りではなかったけれど、まあそれなりのセックスをそれなりの頻度でできれば、次の一週間も乗り切れた。
毎日したいのは相手が善だからだ。薬物並みのセックスだからだ。今だって別にヤるのが嫌ってわけじゃない。善のほうから求めてくるようなことがあるなら(それは絶対に起こりえないのだが)、応じることはやぶさかではない。
ただ、なんとなく。
気分じゃない。
それだけだ。善が唇の端についたココアパウダーを舌で舐めとる。俺はテレビの画面に視線を戻す。熱心に観ているわけでもない野球のダイジェスト。
「俺さあ」
やがてティラミスを食べ終えた善が、行儀悪くスプーンをがじがじ齧りながら言った。
「髪、切ろうかと思ってるんだけど、どう?」
「どうって」
ちらりと善の頭部に再度、目をやる。肩にかかるくらいまで伸びた金色の髪は、後ろで小さく結わえられていた。小型犬の尻尾を思わせる形にくるんとカールしている。
「好きにすれば」と答えたら、はあ、と大きく溜め息を吐かれた。
「千亜貴って本当、俺のちんこ以外に興味ないよね」
「ない」
「即答かぁ」
なにを今更。もったいないから切らないで、とでも言ってほしいのか? 俺は、たとえ恋人同士だったとしても、そういうのは自分の好きにすればいいと思うタイプだ。物凄く好みの顔の男、たとえばルルちゃんが整形するとか言いだしたら、さすがに止めたくはなるが。
「顔が整ってんだから、どんなアタマでも似合うだろ」
「それって褒めてくれてんの?」
「……あ、もしかしてお前、あれか。散髪代せびる気か」
「違うよ。そのくらい自分で出せるよ」
ヒモっぽいこと言ってくるのかと思ったら、それも違ったらしい。
どこか拗ねたような顔をして、善は俺に手を伸ばしてきた。俺の短い髪に。毛先を摘むようにして指で擦りあわせる。
「千亜貴って、千円カットみたいなとこで髪切ってそう」
「なんだそのディス」
「図星?」
「なわけあるか」
否定したものの、まあ半分は正解のようなものだった。俺は美容院の雰囲気が昔から本当に苦手で、どちらかといえば床屋と呼んだほうが正しいような店に行っている。
美容師って女ばかりだろ、しかも「お休みの日は何してるんですか?」とか聞いてくる、見た目にやたらコストをかけるタイプの女。男だってチャラいのしかいないし、客もそう。あの空間で一時間も二時間もじっとしているのは、俺にとって耐え難い苦痛なのだ。
こいつはどうせ洒落た感じのところに行くんだろうな、と思いながら、善の指の感触をぼんやり追った。
善は俺の髪をくしゃ、と混ぜっかえしながら、「真っ黒だね。カラスみたい」と呟いた。それから、
「俺さ、昔、髪染めてたんだよね。覚えてる?」
そんなことを言うから少し、意外だった。善が高校時代の話をしてくるのは初めてのことだ。いや、善に限らず、俺だって再会した日のあのとき以来、話題にあげたことはない。
俺は曖昧に頷いた。
覚えてる、だって?
覚えているに決まっている。
光に当たるとキンキンな、人工の黒髪。
「何回染め直しても、すぐ色抜けてきちゃうんだよね。千亜貴みたいに真っ黒にしたかったのに」
こめかみから垂れている自分の髪をくるくる指に絡めて眺めながら、独り言のように善が言う。それを聞いて俺はなんとなく居心地が悪くなる。
プラチナブロンドっていうんだろうか。こんな混じりけのない綺麗な金髪、喉から手が出るほど羨ましがる人間も大勢いるに違いないのに。世の中うまくいかないものだ。
そんなことを思っていたら、無意識のうちに手が伸びていた。
細いがしなやかな指通りの善の髪に触れ、少しだけ撫でてみる。びびりながら犬を撫でるみたいに。
「善」
「うん?」
「やっぱり、今日はしたい」
髪の毛と同じ色の睫毛がひとつ瞬く。海を飼っているような淡い瞳が細められる。
「いいよ」
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