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#5-3
表通りのほうから数人の話し声が近づいてくるのに気づくと、山瀬は俺の手を離した。
ゆっくり立ち上がり、はしゃぐ若者のグループが横を過ぎていくのを見送ってから、再び口を開く。酔いが醒めたのか、口調ははっきりしていた。
「橘が大学辞めてから、噂になってたんだ。お前が男と歩いてるの見た、って奴がいてさ」
たぶん俺は口を開けて間抜けな顔をしていた。十センチ以上高い位置にある山瀬の目は、じっと俺に向けられている。
「仲良かった奴らは誰も信じてなかったよ。ただ俺は……本当だったらよかったのにな、って思った。お前のこと、好きだったから」
「……お前、彼女いたじゃんか。合コンとかもよく行ってたし……」
俺が言うと、山瀬は苦く笑って肩を竦めた。
「ノンケになりたかったんだ。なれると思った。あの頃は、必死だった」
街灯の白い明かりの下。俺は何も言えなくなって、山瀬を見つめたまま立ち尽くした。
同じだ。
俺と山瀬は、同じだった。
俺もゲイの自分を受け入れられなくて、認めたくなくて、女と付き合ってみたりした。キスをしたとき、どうしても吐き気が拭えなくて、結局それ以上先には進めなくて。
一度は合コンだって行った。甲高い声や香水や化粧の臭いに心底辟易した。
何をやっても女嫌いが加速する気配しかしなくて、それで、諦めた。二十歳になる頃ようやく、いくらか開き直れるようになった。それまではずっと、無理して。
「ずっと、無理して女の子を好きになろうとしててさ。でも、お前が急に学校辞めて、連絡もつかなくなっちまって……いなくなって初めて、お前が好きだった、って気づいた。それからだ、ゲイの自分を許せるようになったのは」
胸元を圧迫されているかのように、息が詰まって苦しくなる。そのまま潰れてしまいそうだ。山瀬は続ける。
「この会社に入ったのは偶然だよ。お前がいるなんてもちろん知らなかった。本当にびっくりしたし、嬉しかったけど、告白したりする気はなかったんだ。また友達としてやり直せたらいいなって。……でも」
一度言葉を切った山瀬が、俯き気味にゆるくかぶりを振った。
「フランダー、って店。あそこ、ゲイバーだろ? お前が出てくるの見ちまった。ママっぽい人が見送りに出てきてて、常連なんだな、ってわかった」
ああ、と俺は思う。見られちゃったか。例えば職場の誰かに見られたとしても、しらを切り通せる自信があったけれど。相手がこいつじゃ不利だ。
「さっき、女に興味ないって話、したときもさ。ほかの奴ならあれでごまかせたかもしれないけど……俺をなめんなよ。お前が嘘ついてんなってことくらい、わかっちゃうんだよ」
好きだから、とついでのように言って、山瀬は少し笑った。
俺はその言葉をゆっくりと頭のなかで繰り返しながら、脱力感に似たものに襲われる。
山瀬が俺を好きだってことも、俺がゲイだと山瀬にバレていたことも、大きすぎてひといきには飲み込みきれない。
ずるい、と思う。山瀬のほうはしっかりと咀嚼する時間があったのだ。
「俺さ、ゲイだってこと、誰にも言ったことないんだ。友達にも、親にも……ネットで知り合った人と何人か付き合ったけど、結局、しんどくてダメになっちまった。ただ一緒に歩くだけでも、周りの目を気にしちまう自分が嫌でさ」
山瀬は表情にさす陰を深くして言った。
脳天気な奴だと思っていたが、本当の山瀬はもっと繊細なのだろう。誰とでも親しげに距離を詰めるようでいて、実際には自分の深いところに踏み込まれないよう、明確な一線を引いている。
器用だからこそうまくやってこれたのだろうが、それはたぶん、とても疲れることだ。俺にはできない。
「これからもずっと隠したまま、自分をごまかし続けて生きていくんだと思ってた。でも」
酒のせいか少し潤んだ目。街灯の光が瞳に落ちている。いつもの人懐こい大型犬のようではなく、真剣な男の顔をした山瀬が、
「お前にまた会えた」
言って、ぎこちなく微笑む。
「これって、運命的じゃねえ?」
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