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#5-7
夢の中で俺は見覚えのある部屋にいた。
折り畳み式のローテーブルの向かい側で、山瀬が缶ビールを開ける。俺の手にも冷えた缶。つまみの缶詰やスナック菓子を広げた上で乾杯をする。
山瀬のアパートだ。しょっちゅうしていた家飲みの思い出。
山瀬の部屋は狭くて、壁が薄くて、幾度となく隣から壁を叩かれた。逆に隣から喘ぎ声とベッドの軋む音が聞こえてきて、気まずくなったこともあったな。
懐かしかった。俺の人生が平和だった頃の記憶だ。
両親にゲイだとバレて家出して以来、俺はしばらく何をしようにも気力が湧かない状態になった。当時付き合っていた社会人の男の家に転がりこんで、ぼんやりとバイトだけこなす生活。
夏休みが明けても大学に行かなくなった俺を、山瀬は心配してくれた。初めのうちは時々会っていたが、次第に俺のほうがメールの返信すら怠るようになって、それでも山瀬はこまめに連絡をくれていたのだが。
十一月、俺は退学届を出して、携帯をキャリアごと変えた。二ヶ月後には男とも別れて、ボロボロの安アパートを借りた。山瀬の部屋より狭くて、隣の住人が鼻をかむ音さえ筒抜けだった。
バイトを複数かけもちして、特に金の使い途になるような趣味もなくて、たまに適当な男とセックスだけして。
二度目の三月、バイト先の居酒屋で大学生グループの卒業コンパがあり、猛烈に死にたくなって衝動的に手首を切ってみた。だらだら流れる赤い液体が、着ていた白いTシャツに染みたのを見て我に返った。普通に痛かったからそれ以来は一度もやっていない。
結構長くバイトしていた家電量販店から正社員登用を持ちかけられて、流されるようにOKした。
給料は高くはないが、時給制から月給制に変わっただけでこんなにも心に余裕が生まれるものか、と驚いた。
多少マシなアパートに引っ越し、ゲイバーに時々通うようになり。
今の会社に入ってからは収入も増えて、余計な人付き合いをやめたら精神的にも楽になって、ボタンひとつで風呂が沸いたりインターフォンがあるような部屋に住めて。
でも、本当だったら。
考えないようにいつも頭の隅の隅に隠しているのだけれど、こんな日は思ってしまう。
本当だったら、もっといい仕事に就いて、好きなことをして、自由な生活を送っていたはずなのに、なんでこんなクソみたいな人生になっちまった?
高校までは成績が良かった。だから大学もそれなりのところに入れた。勉強以上に遊びと酒に時間を費やした学生生活ではあったが、普通の範疇だろう。退学するまでは単位もちゃんと取っていた。
本当だったら、山瀬たちと一緒に卒業して、まともなところに就職して、年に数回は手土産を持って実家に顔を出したりもして。
本当だったら……、でも、本当って何だ?
ゲイじゃなかったら?
ストレートだったら、「普通」だったらもっと全部、うまくいってたのか?
息苦しさを感じて目覚める。
耳元で自分の血流がごうごう鳴っているのが聞こえる。
胎児のように身体を丸めて眠っていたようだ。服の代わりにタオルケットにくるまって、まだ真っ暗な部屋の中、口を開けて息を吸う。ぬるい酸素がゆっくりと胸を膨らます。
数十センチ離れたところで善が寝ていた。やはり裸の肩だけが肌掛けから覗いている。その眠る横顔に意識を集中すると、ごうごううるさかった耳鳴りのような音が徐々に小さくなり、やがて消えた。入れ替わりに聞こえてくる善の寝息。
セミダブルのベッドは男ふたりには決して広くはないが、端と端ならどうにか触れ合わずに寝られる。幸い俺も善も寝相は悪くないし。
昨日、もう一昨日か、山瀬と過ごした夜のことが蘇る。
抱かれた直後のことはあまり覚えていないが、目が覚めたときは抱きしめられていた。ホテルのベッドの上。
温かくて心地がよかったけれど、脳が覚醒した途端、言いようのない不安に襲われた。
山瀬ならシェルターみたいに俺を守ってくれるような気がした。それがたまらなく怖くなった。
善の静かな横顔を眺めて、微かな甘い匂いを吸い込みながら、俺は思う。
一人でいたい。自由でいたい。行き止まりにドクロが描かれた迷路みたいな世界と、できるだけ触れ合わずにいたい。
でも生きていくには金が必要で、他人とも関わらなくちゃいけなくて、そのすべてに磨耗していく精神は、どこかでバランスをとらないと崩れてしまう。
善だけだ。
善だけが俺に深い呼吸をさせてくれる。
世界から追放されたような夜をくれる。
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