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#6-2
その晩の「フランダー」にルルちゃんがいたのは幸運だった。ルルちゃんなら俺の取り留めのない愚痴を聞いてくれる。慰めるような言葉を吐きながら腰に手を回してきたりしないし、偉そうに説教してきたりもしない。
鍛えられた身体にぴったりしたタンクトップ、肩をわざと落として羽織ったパーカー。いかにも、って感じの格好をしたルルちゃんは、「お前、意外とピュアなとこ残ってたんだなあ」とにやつきながら、俺のグラスに冷酒を注いだ。
わけがわからず見返すと、自分のぶんを手酌しつつ器用に肩を竦める。
「相手はお前のこと好きなんだろ。で、相性も悪くなかったんだろ。テキトーにキープしといて、テキトーにヤっとけばいいじゃん」
ぐいっとグラスを呷るルルちゃんに、カウンターの向こうから啓吾ママの白い視線が向けられた。
「ルルちゃん、サイッテー」
「俺はンなことしねえよ。千亜貴はそういうこと平気ですると思ってたって話」
「失礼な……俺をなんだと思ってんだよ」
「底なし性欲のド淫乱だろうが。見境なしにオトコ食いまくってたくせに」
うるせえな、だから否定できねえっつうの。グラスになみなみ注がれた透明な液体を舐める。
自棄酒というわけでもないが、普段あまり飲まない日本酒は、まあまあ回っている感じはあった。辛口のそれは舌から喉、食道へと、雪解け水のようにしっとり浸みながら流れ落ちていく。
「でもまあ、確かに」日本酒に湿った唇を舐め、俺は呟いた。
「もっと図太いと思ってたよ、自分でも」
現状にここまで打ちのめされている自分が意外だった。
セックスまでしておきながら、山瀬の気持ちには何の返事もせず、宙ぶらりんのまま放置している。それなのに山瀬は変わらず優しい、もしかしたら前よりも。
そんな現状が辛い。
ルルちゃんの言うように、都合よく適当にあしらえばいいのに、それができないのはやっぱり相手が山瀬だからだ。あいつのことが友達として好きだからだ。
ルルちゃんは長めに息を吐き出しながらカウンターに頬杖をついた。
「ずいぶん参ってんなあ。千亜貴のくせに」
「くせに、は余計だ」
「何がキツいの、そんなに」
「んー……人間としての出来の違い、を見せつけられてる感じ?」
大袈裟な言い方ではあるが、それ以上に適切な言葉が浮かばない。
カミングアウトされたときは、俺と山瀬は同じような人間に感じられたのに、蓋をあけてみたらぜんぜん違った。
山瀬だって今の状況はしんどいはずなのに、俺のことを心配して、気を遣って。
山瀬と顔を合わせるたび、何か言葉を受けるたび、自分のまともじゃなさが浮き彫りになる気がする。真っ当に誰かを好きになったり、大切にしようと思えなくなってしまった自分の。
そんなようなことをつらつら垂れ流していたら、ルルちゃんが「そうかあ?」と唇をひん曲げた。
「付き合ってねえのにヤった時点で、お前と相手に格差も何もねえだろ。お互い様だって」
「えー、でもさあ……」
「酒の勢いで口説いて、ホテル直行して、拒まれないからってしっかりヤることヤってんだぜ? 相手も十分、下半身野郎だろ」
「山瀬のこと下半身野郎とか言うんじゃねえよ。いい奴なんだよ」
はいはい、とルルちゃんが鼻で笑う。俺は胸のもやもやを洗い流したくて酒を呷る。
お互い様、だって。客観的に見たらそうなんだろうか。そうかもしれない。だとすれば、俺が感じているこの負い目は的外れなのかもしれない。でも。
いずれにせよ、俺と山瀬は求めるものが違いすぎているのだ。
行き着いた先がセックスという同じものだったとしても、そこに見出す意味合いがまるで違う。好きだとか愛しいとか大事にするとか優しくするとか、そういうのぜんぶ、たぶん山瀬は求めていて、俺はいらない。
だって返さなきゃいけないだろ。優しくされたら、同じぶんだけ優しくしないと、気持ち悪いだろう。俺はそういうのがもう嫌なんだ。
だからお前の気持ちには応えられない。そう返事をしたら、もう友達ではいられないのだろうか。きっと無理だよなあ、と思う。
「無理ってことはねえんじゃねえの。ほら、俺とお前だってさ、今はトモダチじゃん」
「ルルちゃんとはヤったのが先だろ。セフレからただの友達になんのと、友達とセックスしちゃうのは、ぜんぜん別だろ」
「まあ、そうだけどさ。つーか千亜貴、そいつと真面目に付き合ってみようとは思わねえの?」
付き合う。山瀬と。想像してみる。
休日の朝、目覚めると隣に山瀬がいる。
寝起きの微睡みの中でキスして、その流れでセックスする。二度寝して昼過ぎに起きて、一緒に簡単な飯をつくって、食うのを見てたらムラムラしてきてセックスする。少し日が傾いてから買い出しに出かけて、サスペンス映画でも借りてきて、ひっついて観ているあいだになんとなくセックスに雪崩れこむ。夕飯がわりの晩酌をして、ほろ酔いでセックスして寝る。
山瀬と。
「いや……無理だ。あいつにそんな自堕落な生活させられない」
「どんなシミュレーションしてんだよ一体」
そもそも“付き合う”って何だっけ。セックスのことじゃなかったよな? 付き合ってる奴らって何するんだっけ? だめだ、わからない。
こんなこと思う時点で、山瀬とそんな関係になる資格なんて俺にはないのだ。
「まあ、とにかくさ」ママに追加の酒を頼んだあとでルルちゃんが言う。
「あんま自分を卑下しすぎんなよ。ヤってから価値観の違いに気づくとか、よくあることじゃん。ヤっちまったこといつまでも後悔してるなんて千亜貴らしくねえぞ」
「んー……」
「千亜貴が一方的に悪いわけじゃねえし。相手だっていい大人なんだからさ、ちゃんとわかってるって」
「そうかなあ……」
そうそう、と軽く言いながらグラスの中身を飲み干す。その手の大きさに山瀬を重ねて、俺は微妙な気持ちになる。
山瀬と恋人になれたらどんなに話が簡単だったか。でも、俺の中のなにかが、それを強く拒んでるんだよ。
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