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#6-9

頭の下にある慣れない存在感に、とにかく居心地が悪くて俺は顔を顰めている。 対して善は笑顔だ。見たことないほど屈託なく楽しげな笑顔。 いわゆる、腕枕をされていた。 三回イかされてぐったりしていた俺に、汚れたところを拭いたり水を飲ませたりと、いつになく甲斐甲斐しく世話を焼いて。 そのまま寝落ちしそうな俺の横に寝そべったと思ったら、この体勢をとられた。しかも向かい合って。 そうして俺は、にこにこした善に、さっきからずっと至近距離で見つめられているわけだ。 「……いや、なんだよこれ」 「気にしないで寝ていいよ」 「無理に決まってんだろが」 なんでそんな見んの。落ち着かないし寝られるわけがない。そもそも笑顔の善が不気味すぎる。怖い。どうしちゃったんだこいつ。 なんとなく理由は知りたくないような気がしたのだが、朝までこのままでは困るから一応、訊いてみた。 善は仄かに熱っぽい目に俺を映して、 「今日の千亜貴、今までで一番可愛かったなあー、と思って」 あろうことか、そんな戯れ言をほざいた。 なんだそれは。そういえば交わっている最中、何度も可愛いと言われた。キスされたし頭や頬を撫でられたし抱きしめられた、めちゃくちゃに甘やかされているのは感じていた。 普段はそういう類いのことは一切しないし言わないのに、なんで今日だけ。と言ったら、善は何を勘違いしたのか小首を傾げる。 「あれ、千亜貴、可愛いとか言われたいタイプだった?」 「違う、そういうことじゃない」 「千亜貴はいつも可愛いよぉ。でも今日は特に可愛かったぁ」 「違う。言わなくていい。要らない」 本当に怖くなってきた。何せ腕枕をされたまま額を合わせられ、語尾にハートでもつきそうな甘ったるさで「可愛い」を連呼されているのだ。善に。ドS鬼畜野郎に。同時に心配にもなってくる。 「おい……、どうしたんだよお前」 「えー、何が?」 「何がじゃない。変だぞ今日」 俺か? 俺のせいか? 俺が善を変だ変だと思って接していたから、本当にヘンになっちまったのか。それともちんこ突っ込まれると違うスイッチが入るのか? 確かに最中も、途中まではいつもの善だったような気がする。 「変じゃないよ。可愛いものを可愛がって何が悪いの」 「いや、だからそれが変だって言って、……んっ」 キスされた。唇を食べられる感じのやつ。舌は入ってこなくて、代わりに上唇に歯を立てられる。がじっ、じゃなくて、はむっ、くらいの加減で。 いよいよおかしい。なんだこの、違和感。 事後のキスなんてされたことがないのに。 今日は初めてだらけだ。童貞を喰われたことすら遠い昔に思える。なんでこんなに、その、優しいんだ。今日のこいつは。 最中は俺も情緒がおかしくなっていたし、雰囲気に流された感があるが、落ち着いて考えてみれば、絶対におかしい。 善が俺に優しいなんて、そんなこと、あるわけがない。 今だってピロートークみたいな状況になっているし。この腕枕といい、これじゃまるで恋人か何かじゃないか――と、そこまで考え至って、慌てて自分にストップをかけた。 恋人。冗談でもありえない。だって俺と善だぞ。お互いにそういう要素を求めていないからこそ、今日まで成立している関係だぞ。そっち方向に舵をきろうものなら、その瞬間に終わりだ。善と恋人同士なんて、どう転んでも無理。 と、キスに集中なんて全くできずにいた俺を、善はお見通しとでもいうように揶揄う目をする。 「……っふ、千亜貴ってさ……猫みたい」 「は……?」 「全然デレてくれないやつ。ツンツンの猫。撫でさせてくれないのに、ちゃっかり餌だけはもらいに来るの」 餌って。俺の作った飯いつも食ってるのはお前のほうじゃん。いや、わかってるよ、セックスのことだろ。そんなん、お互い様じゃねえか。 善が指先で俺の頬をつつく。鬱陶しいが、避けることはせず、甘んじて受け入れてみた。少し冷たくて関節の張り出した善の指。 「たまには撫でさせろってか?」 「そうそう……今日くらい、いいでしょ?」 このまま寝ようよ、と言いながら、腰に手を回され抱き寄せられる。裸の胸が触れ合った。セックスしているときよりも緩やかな体温が、なんだかとても、擽ったくなってくる。 「……暑苦しい」 「ふふ……俺はあったかくて丁度いいよ」 善が枕元に手を伸ばして、照明のスイッチをオフにした。一瞬で真っ暗になる室内。視覚が意味を成さなくなると、密着した善の身体を一層リアルに感じる。 肌のなめらかさ、甘い匂い。鼓動と息づかい。 暗闇に慣れてくる前に目を閉じる。これ以上、感じる善の濃度が濃くなったら、眠れなくなりそうだ。 「おやすみ、千亜貴」 穏やかな声が鼓膜に溶けた。微かに唸るだけの返事をする。 部屋に静かな夜がきて、抗わずにゆっくりゆっくり、落ちていく。

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