何度目かのコンビニ夜勤はだいぶ慣れてきて、単純なレジ打ちだけなら問題なくこなせるし、コンドームや生理用品を入れる紙袋の位置も覚えた。 見るからにルルちゃん好みな若くて線の細い男の子が俺と交替であがる。 深夜の暇なレジカウンター内で、しばらくルルちゃんとだらだら喋っているうち、俺はふいに背中や二の腕のあたりにぞわっとくるような冷気を感じた。 「ちょっと冷房強くねえ？　今日そんなに暑くねえじゃん」 ユニフォームから露出している腕をさすりながら言うと、途端にルルちゃんは変な顔になる。 「今、切ってんぞ、冷房」 「え」 「千亜貴、なんか顔色悪いなって思ってたんだよ。熱でもあんじゃねえの？」 言いながらルルちゃんは、自然な仕草で俺の額に大きな手のひらをあてた。うーん、と唸って「よくわかんねえ」とか言うから、つい「なんでやったんだよ」と笑う。 「具合悪いとかねえの？」 「いや、別に……普通」 「ウチから体温計もってきてやろうか」 「いいって。大丈夫だよ」 ルルちゃんの自宅はすぐ裏のアパートだ。いかつい顔に心配そうな表情を浮かべるルルちゃんに、昼間の長岡知美を思い出す。 実際、ここ何日か寝不足ぎみだった。そのせいで血の巡りが悪くなっているのかもしれない。 ほんとうに大丈夫か、と念押しされたが、体調は至って通常通りだし、寒く感じたのも気のせいだろうと思った。 「なんかいるんじゃねえの、ここ」とふざけて言ったら、「誰もいないのに自動ドア開いたり、ものが落ちたりはたまにあるな」と真顔で返された。今から一人で店番する人間になんてこと言ってくれんだ、と軽く小突く。 ルルちゃんが仮眠をとるべく事務所にひっこんで、無限にループする店内ＢＧＭとレンタルコミックと過ごす時間が始まる。平日の真ん中だからか、飲み会帰りの酔っ払い客も来なくて、平和な時間がしばらく続いた。 そろそろ廃棄チェックの時間だな、と折り畳み式の椅子から立ち上がったところで、小さな違和感に動きを止める。 立ち眩みだろうか。少しだけクラッときた。頭から血の気が引いて視界が歪むあの感じ。 正直言うと、そこでちょっと嫌な予感はした。目眩が引けても、頭に霞がかったようなぼんやりした重さが残っていた。 気のせいだということにして廃棄チェックを済ませ、レジの現金在高を合わせ、やることがなくなって座り直す。 買っておいたペットボトルの緑茶を少し飲んで初めて、結構喉が渇いていたことに気づく。 ――あ、なんかやっぱ変だ、これ。 唐突に思った。ものの見え方がおかしい気がする。視界ははっきりしているのにどこにも焦点が合わない感じで、目が回りそうだ。 心なしか頭痛もしてきた、と思って五分も経たないうちに、割れそうにガンガン痛みだす。なんだこれ。やばいのかな。 ルルちゃんに言ってちょっと休ませてもらおう、と思い再び立ち上がった。 そっとドアを開けて事務所を覗き込む。思った通りルルちゃんは物置場と化している長テーブルに突っ伏して寝ていた。 声をかけようとしたその瞬間、店に客が入ってきたことを知らせるメロディが響き渡る。慌てて売り場のほうへ振り返り、いらっしゃいませ、と口を開きかけたところで。 勢いよく振り向いたのが悪かったのだろう。やべ、と思ったが遅かった。 遠近力で頭が引っ張られるかのように、ぐらり、と目の前が大きく斜めに揺れる。