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#7-3
目眩とともに身体のバランスを崩した俺は、そのまま意識を失いぶっ倒れた。
らしい。目が覚めてからルルちゃんに聞いた。自分では倒れたという記憶はない。その前に途切れている。
俺の倒れる音で飛び起きたルルちゃんがすぐに自宅へ運び、ベッドに寝かせてくれた。それから朝まで熟睡していたらしい。
目覚めたときにはまだルルちゃんは帰っておらず、俺は若干混乱した。完全に「気づいたら知らない男の部屋にいました」のパターンだったものだから。
そのすぐあとに様子を見に来てくれたルルちゃんは、俺が目覚めたことに安堵した様子を見せたものの。目眩も頭痛も治ってピンピンしていることがわかると、がっつり説教を始めた。強面の両目を吊り上げて。
「お前なぁっ、調子悪いのくらい、倒れる前に自分で気づけよ!」
「しょうがねえじゃん……ほんとに直前までなんともなかったんだって」
おそらく貧血だろう、というのが結論だった。貧血なんてなったことないからわからないが。寝たらほぼ治ったけれど、ルルちゃんにしつこく言われて鉄分入りのドリンクを飲み、ひじきのサラダを食べた。もちろんルルちゃんが店から持ってきてくれたものだ。
時計を見て、仕事どうしよう、と考える。
朝の七時をまわったところだ。始業時間が遅めだから、今から帰って準備しても余裕で間に合ってしまう。
しかし「休んじまえば」とルルちゃんに軽く言われて、それもいいな、と思う。今の会社に入って三年、一度も休んだことはなかった。
たまにはいいか、倒れたのは事実だし。開き直ったような気持ちで早々に決意を固め、俺はチーフに欠勤の連絡をすることにした。まだ朝早いから電話ではなくメールで。
「つーかルルちゃん、結局ほとんど寝てないよな。ごめん」
俺が謝るとルルちゃんは余計に怒った。「俺のことはどうでもいいんだよ。お前もう一回寝とけよ、起きてたらただじゃおかねえからな」と言って飲み物とおにぎりを置いて店に戻っていった。すごい優しい。
言われた通り、俺はもう一度ルルちゃんのベッドに潜った。俺とも善とも違う匂いがする。無骨な男っぽい匂い。正直ちょっとムラッとしたが大人しく目を閉じておく。
ベッドに一人という状況が久々なことに気づいて、わざと大きく寝返りを打ってみた。
このところ何日か寝不足だったのは、別にセックスのしすぎとかではない。やけに夜の眠りが浅くて、何度も目が覚めたりするのだ。原因はまあ、心的ストレスだろうなと思う。
暗闇の中で目を開けるたび、すぐそばで善が寝ていることを無意識に確認する。善はいつも静かに寝息をたてて、ベッドの端で寝相よくしている。一晩じゅう動いてないんじゃないかとさえ思う。
俺の童貞を喰い散らしたあの日、善はやたら恋人みたいな雰囲気を出してきたが、翌日にはいつもの善に戻っていた。
日常生活でべたべたくっついてくるようなことはなかったし、夜だってそう。あれ以来乗っかられたこともなければ、抱きしめられて寝たこともない。本当に拍子抜けするほど元通りだった。
だから、もしかしたら、変えられてしまったのは俺のほう、なのかもしれなくて。
眠っている善の姿が変わらずそこにあることに、少しだけほっとするようになってしまった。
夜毎それを自覚して軽い自己嫌悪に陥りながら、あの晩の善はなんだったんだろうと考える。
元々気まぐれな奴だから、意味や理由なんてものはないのかもしれないけれど。
どちらにしても、考えたってわからないのだからしょうがない。
広く感じるベッドでゆっくり深呼吸をする。
ルルちゃんちだからこんなに落ち着くのかな。仕事を休んで眠りにつく場所として、ここは限りなく正解に近いように思えた。枕元には自分じゃ選ばない梅のおにぎりがあるし。
善はまだ寝てんのかな、と薄っすら思った。
いつも俺の出勤時間まで寝てる奴だから、どうせ一人でのびのび寝ていることだろう。
俺も寝よう。目をぎゅっと瞑った。ひとんちの匂い。
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