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#7-7
善の長い指にしっかりと包まれたそれを、どうにかして奪い取って捨ててやりたいと思う。俺はいつの間にか両の拳を強く握っていて、手のひらのやわいところに爪が食い込む痛みがあった。
「やめろよ、そんな……変なクスリとか使うの」
肺が押し潰されそうだ。必死で吸った息を善への言葉につかう。
善はすっと冷たい目になって、僅かに顎をあげた。
「千亜貴に関係ないじゃん」
「……っ」
咄嗟に言い返せず詰まる。関係なくない、だなんて言えない。俺だってそう思っていたから。
他人が自身の快楽のために何を使おうが、俺には関係ないと思っていた。善と会ったあの日の相手のように、こちらにまで強要してくるなら話は別だが。
善がどこで誰と寝ようと知ったことではないのと同じ。たとえ違法なことをしていたとしても、俺を巻き込みさえしなけりゃ、どうでもいい。そのはずだったのに。
噛みしめた奥歯がぎり、と嫌な軋みを頭蓋骨に伝えた。
「……関係なくても、だよ」
声が掠れる。善に届くか不安になる。
「やめろよ、そんなの……っ」
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
善があんなものに頼っているのが、なんでこんなにムカつくんだ。
なんでこんなに、悲しいんだ。
「なんで」
と、言ったのは俺じゃなくて、善だった。
「なんで千亜貴がそんな顔するの」
「……え」
瓶を握ったままの善の手が、ゆっくりと下に降ろされた。もう片方の手は俺に向かって伸ばされる。頬のあたりに指を沿わせて、す、と首筋まで撫でおろしてから、
「イライラする」
低く吐き捨てた。
冷たい指が、いつかと同じように、喉に絡みつく。
「ッ、ぐ……」
「偽善者ぶりやがって。自分だってただの落ちぶれたクズのくせに」
以前と違うのは、容赦なく気道を塞がれていることだ。快楽のためじゃない、ただの暴力。力を込められて首の骨がごり、と鳴る。
「頭ん中、ケツ掘られることしかない色欲魔のくせして、まともな人間のふりして生活してんの、ウケるけどイライラする」
後頭部が背後の壁にごつんとぶつかった。鈍い痛みが苦しさを増長させる。今にもぐるりと反転しそうな視界には善の顔があった。綺麗な顔から表情は消え、青い瞳だけが爛々と燃えている。
「見下ろされんのが何より嫌いだろ。俺のこと、飼ってるつもりで安心してるだろ。自分より下の存在見てないと、今の自分の惨めったらしさに耐えられないんだろ」
壁に強く首を押さえつけられ、振りほどけない。まるでピン一本で標本にされた昆虫だ。善の声は地を這うように低く静かで、それでいて冷酷に尖っていて、俺に刺さり、抉った。
「……っう……ぁ」
「あは……いい顔」
薄い唇を三日月形にして言って、善はぱっと手を離した。咳きこみながら必死で酸素を求める俺を、数センチ高い視点から見ている。どこも拘束されていないのに逃げられなかった。
涙目になった俺の眼前に、白いラベルが揺れる。
「やめるよ、コレ」
その言葉とともに、善の手から小瓶がすり抜け落ちていった。
ガツンッ、と硬い音が響き渡って、思わず身を竦める。床と瓶のぶつかる衝撃が裸足の足にも伝わるが、ぶ厚い瓶は割れはしなかったようだ。ころころと転がって俺の爪先に触れた。
「そのかわり」
冷たかったその声に、仄かな熱が混じった、ように聞こえた。瞳に俺を映しながら、善は言う。
「千亜貴が俺のクスリになってくれる?」
両手で頬を包まれた。数センチ先で金色の睫毛が瞬く。その動きはなんだかスローに感じて、閉じた瞬間の青白い瞼に細い血管が透けているのまで見えた気がした。
「俺を楽しくさせて、気持ちよくさせて、なんにも考えられなくさせてくれる?」
片方の親指が俺の震える唇をなぞる。
「いつも俺が千亜貴のこと、そうしてやってるだろ。千亜貴も俺をそうしてよ」
言葉にあわせて漏れる吐息に肌を撫でられる。俺を見つめる善の、吸い込まれそうなその目から、視線を。逸らすことすらできない。魔力じみたものを感じて抵抗できずにいる。
ちあき、と硬質な響きの俺の名前を、舌先で弾くように善は発音した。舌はそのまま歯列を割って入ってきて、絡めとられる感触に、思わず目を閉じてしまう。唾液が苦い。
耳に指を差し入れられて、擽ったさに身動いだ。頭の中に水音が響いて、腔内を犯されているのをまざまざと感じて、徐々に身体から力が抜けていく。
膝が崩れそうになる寸前で善はキスをやめ、俺の耳を片方だけ解放して、そこを舐めながら囁いた。
「一緒にぶっ壊れてよ」
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