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#8 カーモス(或いはサンクチュアリ)

からだが、何もない空間に押し上げられて、一瞬で突き落とされる、みたいな感覚だった。 上下左右がよくわかんない、のは、視界を奪われているせいだろう。背中は確かにシーツに沈んでいるはずなのに、その感触も時折、手放しそうになる。体温と同じ温度の水槽に浸かっているみたいだ。 ところどころ触れている、自分のじゃない肌だけが、少しあつい。 「勝手にイくなっつっただろ」 冷たい声が降ってきた。同時に頬に衝撃。そんなに強かったわけではないが、痛みよりも驚きで一瞬、放心状態になった。 ――善に顔、たたかれた。 のは、はじめてだ。今までそういうことはしなかった。頭から冷水ぶっかけられたみたいに思考が凍る。 奥を強く突かれて、自制の余裕もなくそのまま達してしまったばかりの性器。それを握られ、先端を手のひらで円を描くように擦られ始めた瞬間、またどっかに俺がトんでいく。 「……あ、っア! や、だッ、あっ、あ!」 「ほんっと堪え性ないね。ちょっとは我慢してみなよ」 「むり、むりぃッ! うあっ、やっ、あ、……ッ!」 イった直後にそれは、ほんとうに無理だった。叩かれようが叱られようが、俺はそもそも、我慢すんのが苦手で。善もそれはきっと知っていて。目隠しされてるから、善がどんな顔で俺に触ってるのかも、わからなくて。 「でちゃ……っ、あッ、ぁあ、あー……っ」 呆気なく潮、吹いた。ぷしゃ、って派手な音。脳天突き抜ける感じの快楽、浮いた腰がしばらくそのままガクガク震える。 善の手にほとんど受け止められたらしく、腹にはさほどかからなかったが、繋がったところがびしゃびしゃになった。 「あーあ……ほんと行儀悪いなあ。躾してくれる人いなかったの? 今まで」 粘性のない液体で濡れた手を口元に突きつけられる。無味無臭の自分の体液を必死で舐めとるが、全部綺麗にする前に頬で拭われた。乱雑な手つき。 「まあ、俺も甘やかしてきたしねー。なんか千亜貴ってさ、イきたいだけイかせてあげたくなるんだよねえ。絶倫だし」 後孔を埋めていたものがずるりと抜かれる。凄まじい喪失感に、腹の奥と入り口がひくついて、足をばたつかせた。 「や、ぬかな……っ、やだっ、善……」 「はいはい、あとでまた入れてあげるから」 適当な口調で言いながら、善は俺の上体を抱え上げて起こした。 俺の両手首は脱げかけたシャツで後ろ手に拘束されていて、なんの抵抗もできない状態のまま、目隠しだけ外される。恐る恐る目を開けると、裸の善が間近で微笑んでいた。美術品みたいな綺麗な顔。 「舐めて」 そう言うより早く善は俺の後頭部を掴んでいた。びっしょり濡れた金色の陰毛に顔を押しつけられるが、手で身体を支えられないから、ほとんど倒れ込むような格好になってしまう。 凶悪に反り返った赤黒いものに舌を這わせ、唇で挟んで扱く。すぐに口の周りが唾液でべちゃべちゃになった。 ふう、と息を吐き出しながら善は、俺の頭に手を添えていた。髪をかきまぜながら、時折動きを誘導する。口を大きく開けて先端を含むと、青臭い味が広がった。 「はじめはね、千亜貴のこと、捨てるつもりだったんだ」 善の声が落ちてくる。痛くはないくらいの力加減で髪をつまんで引っ張られながら、俺は善の顔を見たいと思ったけれど、上を向くことができなかった。 「身体も心も依存させて、俺なしじゃ生きられなくさせてから、ポイッと捨ててやるつもりだった。人生めちゃくちゃになっちゃえばいいと思って。千亜貴みたいに俺のこと飼おうとした人、今までにも何人かいたけど、みんな勝手にそうなったから」 「……んんっ」 腰を揺すられ、上顎にカリを擦りつけられる。口の中まで感じるところを知り尽くされていて、息苦しさも相俟って生理的な涙が滲む。 奉仕と蹂躙のボーダーラインが溶けていく。 喉の手前のやわらかいところに突き入れられながら、嘔吐きそうになるのをこらえて吸いつく。 じゅぽ、と下品な水音をたてて、口からそれが引き抜かれた。喘ぐように息を継ぐ合間、からからになった声で俺は善に問いかける。 「な、に……、なんで」 「ん?」 「俺のこと……恨んで、んのか? あんとき、たすけなかっ、から……?」 高校時代、一度だけ間近で顔を合わせた、あの放課後。眩い金髪を黒く染めて隠していた善の、感情のない白い顔。 眼鏡の奥の無機質な瞳が、記憶の中で俺を責め続けていた。あのとき何か言えていれば、世界は今頃違っていたんじゃないか、そんな気さえした。 しかし、どうにか見上げてみると善は、要領を得ない子供の話を聞いてでもいるように、曖昧に微笑んでいた。 「あのとき、って、いつのことかわかんないけど……別に千亜貴を恨んでるわけじゃないよ。言ったじゃん、喋ったこともなかったし、覚えてないって。ただ」 その表情には慈愛すら滲んで見える。善の手が俺の頭をゆっくり撫でて、そして突然、髪を鷲掴みにした。 「いっ……」 「俺はね、あのガッコで三年間、俺と同じ時間を過ごした人間――全員を恨んでる、ってだけだよ」 身を屈めてわざわざ俺に顔を近づけ、善は笑う。目だけがあまりにも冷たく凍っていた。畏怖を植えつける類いの美しさだった。 ひゅっ、と俺の喉が情けなく鳴る。

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