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#8-4

時間の感覚がない。 身体も液状化してしまったんじゃないかと思うくらい、いろんな境目が曖昧で、ぬるぬるだし、どろどろで、ずっと浅い夢のなかにいるみたいだ。 じゃれあっていたあったかい舌が離れていく。は、と息を継ぐ音すら、俺の呼吸かそれとも善なのか、わからない。もう体温も同じになって、下腹をなぞってくる善の指は、冷たくはなかった。 「あ……、も、だめ……」 ほとんど声にはなっていなくても、善がちゃんと聞き取ってくれる。何度も犯された孔のふちが、少し前まではひりついていたがそれも麻痺して、今はただただだらしなく口を開きっぱなしにしている、だけ。そこをゆるゆると指で掻きまわされる。 「んー? だめ?」 「ダメ……」 「ふふ。千亜貴に一回言わせてみたかったんだあ、もうだめ、って」 中に吐き出された精の名残があふれてくる。どろりと肌を伝う感触に背が震えた。何回出されたのかよくわからないし、自分が何回イったのかは、もっとわからなかった。 抱かれる合間で何度か眠りに落ちたような気もするし、腹が減ったような気もする。善が何度も口移しで水を飲ませてくれるから、喉は渇いてはいない、気がする。 休日に寝過ぎてしまったときのように、頭が少し重かった。その気怠さに揺蕩うように、善に後ろから抱きかかえられながら、長い指で浅いところををまさぐられる。 「ん……んん……」 夢心地のままゆるい愉悦に浸っていたら、ふいに指が抜かれた。もう隅々まで味わい尽くした善の性器、その先端をまた埋めこまれて、閉じていた目を開ける。 「ぁ、だめ、だって……ほんとに……」 「いれるだけ、動かないから」 脱力したままの片足を持ち上げられて、呆気なく挿入されてしまう。もう何も出ないしできないと思うのに、空白が満たされていくような感覚に、とろけるような息を漏らしてしまう。無防備な首筋をやわく食まれる。 善の手に自分のそれを重ねてみると、応えるように握り返された。 「ん、ふっ……うー……」 「あは、なに唸ってんの」 「……んん……」 「きもちい?」 「うん……」 「かわい」 ぴったりと密着して、甘い言葉を囁かれて。バカになった頭に善の存在ばかり刷り込まれていく。汗のまじった善の匂い。 身体じゅうが善を覚えて敏感になっている。ほんの少し身動ぐだけで内側が擦れて、今の俺にはじゅうぶんすぎる刺激になった。中がひくつくのが自分でわかる。もどかしくなってしまって、欲のおもむくままに腰を揺すると、善がくすくす笑った。 「もうだめなんじゃなかったの」 「だ……だめ、だけど」 「だけど、なあに」 わざとらしく耳を噛まれる。もう全然動いていない頭。脚の付け根のあたりを善の手がさすった。だるい上半身を捩って、肩越しに目を合わせる。淡い青に溺れそうになりながら、 「なか……、もっと、ダメにされたい……」 みっともなく掠れた声でねだると、善は微笑んだ。奥に押しつけるようにいきなり突き入れられて、視界が白く飛ぶ。「んあっ」てデカい声が出てしまう。 善は俺を抱きかかえたまま、小刻みな律動を開始した。 「じゃ、いっぱいダメになろうねえ」 部屋の中のどこかで携帯が鳴っている。 俺のじゃない。善だろう。無機質な電子音が鳴っては途切れるのが、さっきから幾度か繰り返されている。 善がそれを気にする様子はなかった。 たぶん、今すぐ善に抱かれたくてしょうがない人間がいるんだろう。出会ってすぐの俺みたいに、忙しなく何度もコールしてしまう人間が。 男か女か知らないけれど、街のどこかでそいつは今頃、疼く身体を持て余している。善にしかどうにもできない熱を抱えたまま、そして、その善は俺を抱いている。ほかの誰のところへも行かず、もうずいぶん長い時間、俺だけに触れている。 そう思うと気分が高揚した。ほかの奴の存在なんて気にしたこともなかったのに。 もう、喘いでも声にならない。瀕死みたいな息が荒く漏れているだけだ。下半身の感覚も薄れて、ぐちゅぐちゅと締まりのない水音をたてるそこだけ、背骨から脳に直結で底の知れない快感を伝えてくる。 「ふー……もう、中いっぱいで、あふれてきちゃってる」 善を咥えこんだところに、さらに指までねじこまれて、爪先がびくびく痙攣した。善の精液でぬかるんだ俺の下肢。もう匂いまで善と同じになったんじゃねえの、と頭のどこかで他人のような俺が笑う。 「これ終わったら、一回綺麗にしよっか」 「ちょっと休もうね。で、元気になったら、またしよ」 「ずーっと気持ちいいことだけしてようね」 「ねえ、千亜貴。セックス楽しいねえ?」 じゅぷ、ぐじゅ、とひっきりなしにあがる音が、また鳴りだした携帯の電子音と重なる。邪魔すんな、って思いながら薄く目を開ける。褪せた太陽みたいな蛍光灯に善の金色が揺れていた。後ろだけで登りつめていく感覚と共に、意識が遠のいていく。

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